Prologue-3-

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 星屑が融け落ちたような夢を見た。  白い箱庭の外に広がった幾千もの星々が急速に夜空を駆けて、自分の意識を遠い昔へと攫っていく。どこを見ても光の欠片が輝いていて、見ているだけで心が躍るような美しい光景だった。体を包み込む宇宙は、身に覚えのないような、それでいてどこか懐かしい温度をはらんでいた。  ばちり、と閃光が爆ぜる。目を開けば、色のない日常の光景が飛び込んできた。いつも夢に見るあの顔の見えない少年が、また星來(せいら)の手を引いている。どこへ行こうとしているのかも、二人がどのような関係性なのかも分からない。ただ、仲睦まじそうに見える見知らぬ少年と幼い自分を見ては、星來は胸の奥がチクチクと痛むのを感じていた。  ふと、不思議な空間で対峙した狐面の少年のことを思い出す。彼もまた、自分の夢に登場する『夢の人』だった。あの時、あの少年に殺されそうになった時、彼はひどく泣きそうな声で戸惑っていた。何に対して謝罪の言葉を零したのかも、どうして自分を見逃すような真似をしたのかも分からない。ただの夢で片付けられればよかったのだが、そういうわけにもいかなかった。  夢の中の狐面の少年と、顔の見えないあの人。どういうわけか、あの人を見ていると倉間(くらま)と名乗ったあの白衣の男性が浮かぶのだ。夢の中の二人は顔を認識できないのに、なぜだがあの人の顔が浮かんでは消える。その理由を、星來は未だに理解できていなかった。 『……俺が、絶対守ってあげるからね』  目まぐるしく変わる景色が、今度は真っ白な病室を映し出した。薄暗い闇が辺りを飲み込まんと揺蕩っている。  病院のベッドの上に座る星來に、誰かがそう言った。声質もはっきりとは分からなければ、やはり顔も見えない。でも、それが星來自身に向けられた言葉であることだけは理解できた。  ざあざあと雨音が五月蠅い。慟哭のような雨音が劈いている。あの人の声がよく聞こえない。冷たくて寂しい。どうして、こんなにも寂しいのだろう。もともと、自分は病院で一人で過ごしていたじゃないか。  ……本当に?  一つの疑問がシャボン玉のようにふわりと浮かぶ。本当に、自分はたった一人であの寂しい入院生活を送っていたのだろうか。確かに、陽星(ひなせ)がいてくれたお蔭で孤独ではなかった。でも、彼女は毎日会っていたわけではない。陽星は自分ともよく話してくれていたが、他の誰かともよく笑顔で話していたような気がする。  まだ、もう一人。  星來の日常には、もう一人誰かがいたはずなのだ。
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