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<1・序曲>
美しいものは好きだ。大好きだ。何故ならばそれが歪み、形を失って壊れていく様に勝る芸術はないのだから。
筒井雅之がそう語ると、目の前の青年は“実に同感ですね”とにっこり微笑んだ。
「なるほど、由羅さんのご親戚の作家さんと聞いていたのでどのようなお人なのかと思っていましたが……やはり彼女の目に狂いはない。貴方とは良いお茶が飲めそうで嬉しい限り」
「お褒めに預かり、光栄ですよ」
庭に出した白いテーブルと椅子。ちょっとしたカフェテラス気分で、雅之は目の前の青年に出されたお茶を楽しんでいた。美しいものは好き――壊れていく様を見てみたい。それはまさに、目の前のお前のことでもあるんだけどな、と思いながら。
親戚の少女に紹介されたその青年は、名前を黒須澪と言った。恐らく男性、なのだと思われる。セミロングの黒髪は艶やかにウェーブを描き、その瞳は金色に爛々と輝いている。彫りの深い顔立ちからして外国人のようにも見えるが、実際のところ定かではない。長い睫毛はその白皙の肌にそっと影を落とし、全てにおいて芸術品のような美しい造形を形作っているのだった。一言で言ってしまえば、不気味なほど美しいのである、彼は。ひょっとしたら彼女かもしれないが。なんせスーツを着込んだ胸元が膨らんでいるかはイマイチよくわからないし、声もギリギリ声が低い女性でも通りそうな低さと来ている。
男性的な美も、女性的な美も大好物ではあったが。雅之が一番好きなのは、その性別さえも霞ませるような中性的な美貌だった。そういった雅之の好みを知った上で由羅が自分に紹介してくれたなら大したものである。自分の書くホラー小説では、多くに中性的な美少女、美少年が多く登場する。少し著書を読んだことのある人間ならば、趣味趣向は多少知れるところだろう。
「その、歓迎してくださったのは嬉しいのですが」
とりあえず、いつまでも紅茶と茶菓子ばかり楽しんでいるわけにはいかない。自分も〆切が迫っている中、無い時間を削って此処に来ているのだ。早速本題に入らなければ。
「私の小説のネタになりそうな、多くの面白いお話をご存知である、と。由羅ちゃんにはそう聞いているんですけど……そういうものをお話していただける、ってことでよろしいんですよね?」
「ええ、勿論。私、人に話をするのが大好きなんです。人の話を聞くのも嫌いではないですけどねえ」
「そ、それならいいのですが」
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