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面倒な事からは極力、逃げる、避ける、忘れる。
それが私のモットー。
去る者追わず、来るものからは逃げる。
その日、私は仕事帰りに飲みに来ていた。
妹に、「奢るから飲みに行こう」と誘われるまま、訪れたお店のカウンター席の片隅。
妹と二人並んで店のカウンター席に座っていた。
「これ、飲んでみて」
王冠を模したイラストに店名CROWN(クラウン)と書かれたコースターを敷いて、細長のグラスにスライスレモンを橙色に赤い筋の入った飲み物。
その飲み物を私に提供した人物は、私の顔を一瞥して、綺麗な愛想笑いを浮かべた。
綺麗な髪、大好きだった眼差し、形の良い唇。
懐かしい。
美しくて、愛しくて、身体が石になりそうだった。
まるで夢の中にいるみたい。
私の事、毎日、好きってからかってた、憧れの人に似ている。
想い昂(たかぶ)り、目眩がした。
「えっ……」
私はただ、仕事帰りにたまたま飲みに来ただけのはずだった。
ここは会社から電車で2駅、自宅まで2駅の、今まで降りた事もない街の聞いた事もないお酒の店。
「ありがとう。来てくれて。てんちゃんのお友達?」
「いいえ。私の実の姉です」
目の前で仲良さそうに話す二人。
戸惑う私を無視して、私にお酒を出した後、その人は他のお客さんからの注文に取りかかるべく、私に背を向け遠のいた。
この人。
きっと、冬野 由貴(とうの ゆき)て人だ。
推定30歳。
3年前まで、同じ会社で働いていた、私の完全片想いの人だ。
なんで、妹がそんな人が経営する店に招待されているんだ。
疑問で一杯だった。
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