元ぽちゃ王子×世話焼き侍女 番外

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元ぽちゃ王子×世話焼き侍女 番外

【アゼストの後悔】 自分の容姿に自信を持ったことはない。 神様と両親から賜ったものだ。自分の力で手に入れたわけではない。 それでも兄よりはマシなのだろうと幼少期は思った。 野菜を嫌う兄を見て、野菜は食べるように。 運動を嫌う兄を見て、運動はするように。 反面教師の様な兄を見て育ったものだから、容姿が異なるのも肯けた。 しかしそれも10歳頃までのことだ。 「兄上は本当に変わりましたね」 「それを年に何回言えば気が済むんだアゼスト」 兄の誕生日前日。 同じく休日だったので遠乗りに出ようとしたところで兄、アルベルと遭遇したアゼストは誘われるまま2人で遠乗りに出ていた。 前を行くアルベルの見た目は幼少期とのギャップが激しすぎて何度見ても変な感じがするのだとアゼストは思う。 あれだけ嫌った野菜を食べ、運動をし、元から得意だった勉強は疎かにせずむしろ力を入れている兄をアゼストは尊敬していた。 別段元から嫌っていたりした訳でもないが、特に慕っていたわけでもなかったので心境の大きな変化ではあったのだが。 「なんというか、言わざるを得ないのです」 「何だそれは…。ユリーナにも何度も言ってるんだろう、言われる度に胸を張るユリーナも愛らしいが」 「そこは相変わらずですね兄上」 ふっ、と嬉しそうに笑うアルベルを見て、アゼストと自然と頰が緩んだ。 アルベルの恋心をアゼストは何年も前から知っていた。 侍女ユリーナはアルベル快進撃の立役者の様なもので、今や城内で知らないものはいないだろう。影では「あのアルベルを変えた強者」と密かに呼ばれ、敬われてるのも知っている。 しかし…とアゼストは思う。 さすがに身分に差がありすぎるのだ。彼女は平民の出だと聞いている。それに対してアルベルは第一王子だ。この国を率いていくべき人間。 そんなアルベルが平民の、しかも侍女となれば臣下たちは黙っていないだろう。 両親も、アルベルをここまで引き上げたユリーナへの感心は高いがこの手の話では渋るはずだ。 「兄上、余計なお世話ですが…」 「アゼスト」 足を止め、アゼストの名前を呼ぶアルベル。 その真剣な表情と空気に同じく足を止めたアゼストは向き合った。 しまった、流石に出過ぎた事を…と思ったアゼストだったが、アルベルから出た言葉はその思いに反していた。 「はい、兄上」 「お前は優しいな」 「は…?」 (何を言ってるんだこの人は…) どういう意味か問おうと口を開きかけたが、 「優しいお前を苦しめるかもしれない。しかし今生最後の兄の我が儘を聞いてほしいんだ」 と言う、兄の言葉に押し黙った。 決して怒っている訳ではないのはわかる。しかしなんでそんな事を言うのだと、アゼストは不審に思った。 しかし、アルベルの真剣で、それでいて優しい表情に心が揺れる。 「…聞いてみねば、答えかねます兄上」 絞り出したアゼストの言葉に、アルベルはふっと微笑む。 「お前に、王位を継いでほしいんだ、アゼスト」 「な、っは…?兄上、何をおっしゃっているんですか…?!」 アルベルの我が儘、という内容に思わず驚き、慄いてしまう。 アルベルは表情を変えずにただアゼストの瞳をしっかり見つめているだけだった。 「兄上、ご自身が何をおっしゃっているのか分かっているんですか…?!!明日、貴方は18歳ですよ?!!」 「はは。アゼストが動揺しているのを見るのは初めてかもなぁ」 「兄上っ!!!僕は至って普通です!おかしいのは兄上の方です!!!!」 「…うん、わかってる。だからこうして、誰にも聞かれぬように出てきたんだろう」 その言葉にアゼストはハッと我に返って辺りを見渡した。 泉のある平原で、周りに花が咲いているこの場所は見通しが良く、見通しが良い分外敵を寄せ付けない。 外敵が来たとしても"影"が対処するだろうし何より彼らは主人の話を他言しない。 (ここまで考えた上で、誘ってきたのか…?) 「アゼスト」 「…」 「アゼスト、愚かな兄の我が儘だ。無理強いはしないさ」 「っ…」 この人はズルい。選択肢を与えてくるんだ。 慈悲でもないし、無慈悲でもない選択権を与えてくる。 アゼストは手綱を握る手を強め、俯いた。 応援はしたいに決まっている。当たり前だ、兄の願いを叶えたい。 けれど易々と聞き入れて良いとのではないと、分かっている。 (いっそ、あの頃に僕に八つ当たりでもしていてくれれば良かった。そうすればこんなに悩むこともなかった。それどころか王位を奪いにいったのに…!!) ユリーナの愛は歪みかけのアルベルの心を癒していた。弟であり自身の醜さをより一層分からせる存在のアゼストを憎まず、恨まず、対等であろうとするように真っ直ぐな心に育てた。 心優しい兄。それ故に、決断ができない。 「兄上…僕は、僕はいつだって貴方を見てきました。お変わりになる前も後もずっとです。だからこそ貴方が王位を継ぐのが当然で最善だと思っています。」 「…ああ。」 「ですが、それと同じように、貴方の心もわかるから…っ、僕は、……選べないんです」 「本当に優しい弟だ。父上と母上も、もちろん私も誇らしい」 振り返り、アゼストの側に寄ったアルベルは弟の肩に手を添える。 「アゼスト、私は元々王の素質がないと思っているんだ」 「な、そんなことは」 「あるさ。私にはこの国を背負う覚悟がない。」 国を背負う、覚悟…? 俯いた視線をアルベルに移したアゼストの目に映ったのは兄の困ったような表情だった。 「私はアゼストのように冷静に物事を見て、考えて判断して、それを反映させるべく人を使うのが苦手なんだ」 アルベルは人の心に敏感だった。 幼少期の経験から人の目が怖くなった時期がある。その間に相手が何を考えているか、何か自分について悪く言っているのではないかと不信感を募らせることが度々あった。 今でこそある程度は克服しているものの、未だその弱さは拭い切れていない。 「それに、ユリーナがここを出ていく話を聞いて今はいてもたってもいられなくなってる」 こんな国王では国の恥だ。とまた困ったように笑うアルベルにアゼストは思った。 (そんなお心優しい貴方だからこそ、王にふさわしいのです、兄上) やはりこの話は断るべきだ。女性なら、言い方は悪い様だが何人でもいる。いつかユリーナを忘れさせるような存在も出てくるだろう。 今しかこの人を止めることはできないのだと、アゼストは直感的に悟った。 しかしその後に続いたアルベルの言葉にその考えが揺れる。 「それに、王位を継がなくともできることはあるしなぁ」 「…?それは、一体?」 「聞くか?まだ父上や母上にも話していないし、実現できるかも微妙だが…」 アルベルの計画を聞き、アゼストは困惑すると同時に少し心躍る感覚を覚えた。 (悪くはない筈だ。無茶もあるけれど、兄上なら出来ないことはない。むしろ下手をすれば向いてさえいる。) 「楽しそうだろう?」 はにかんだアルベルに、アゼストは思わず笑い返した。 日が傾く前に戻るか。と言うアルベルの一声で帰路に着く2人。 アゼストは少し悩んで、それでも、と口を開いた。 「兄上、僕が王位を継ぎます」 「アゼスト…」 「ですから先程の話、実現してくださいね」 彼女とのことも、応援しています。 そう付け加えたアゼストを見てアルベルは少し照れた方に笑うのだった。 「うーん、しかし、ユリーナが一番の難関というか…」 「その前に両親説得でしょう」 「それもあるが、ううーん…」 顎に手を当てて考えるそぶりを見せるアルベルに、勉学はできても意中の女性には弱いのだなと思うアゼスト。 「いっそ、既成事実でも作れば良いんじゃないですか」 「…一国の王子がそれはマズいと思うぞ、アゼスト」 アゼストはそれはそうですね。と返した。 そう…それはそうだと思ったし、何ならただの軽口だったつもりの一言がまさか兄の脳内に留まった結果、(散々悩んだ挙句ではあったが)兄がその強行であり愚行に出るとはこの時は思いもしなかったアゼストであった。 …数日後、兄夫妻の一悶着を聞いたアゼストは後悔に頭を抱えるのであった。 (終)
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