きみが奪われてしまう前に

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章吾さんはどこまでもズルいなと改めて思う。 不審に思いつつも立ち上がった章吾さんに合わせて私も嫌々立ち上がった。 宴会場を出て廊下を少し歩くと私は立ち止った。 「ここで大丈夫ですよ」 どんどん奥に行こうとする章吾さんを引き留めた。 「落ち着かないから」 短くそう言った。人が通って落ち着かない、そう言いたいのだろうか。 確かにここは他の社員や旅館の従業員が行ったり来たりしている。けれどこれ以上奥に行って章吾さんと二人きりになるのは避けたかった。 「そこまで長い話でなければここで結構です。正直もう部長と話すこともないと思っていましたが」 自分でも驚くほど冷たい声が出た。けれどこれが本音だ。章吾さんとはもう完全に終わった。私はイベントの夜に拒否したつもりでいた。この人ももう私に近づいてくることは無いものだと……。 「奏美は変わったね」 章吾さんは変わらず何かを含んでいそうに笑う。 「どの案件の引継ぎですか?」 「俺と一緒に出向しない?」 「はい?」 「俺についてきて」 突拍子もないことに言葉が詰まる。 「え……私が?」 「奏美にそばにいてほしい」 驚いて章吾さんの顔色を窺う。そんな私に章吾さんは微笑む。 「無理です……申し訳ないですけど私が興味ある仕事はそこではありません……」 「俺についてきてくれるって言ってたのに?」 困ったように首を傾げる章吾さんに恐怖がじわじわと湧く。 確かに章吾さんについて行くと言った。けれどそれは別れる前だし、まさか葬儀会社だとは思っていなかった。 「私に奥様の会社について来いって言うなんてどうかしてます……」
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