きみが奪われてしまう前に

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きみが奪われてしまう前に

◇◇◇◇◇ 「とんでもなく気まずい時間だったの! あの腹黒さも、それを許しちゃう男も勘弁してよって感じ!」 湯呑みを持ちながらクッキーを頬張る先輩は怒りを隠そうともしない。 社員旅行で手配したバスの席順に先輩は不愉快な思いをしたと、旅館の部屋に案内されてすぐに私に報告をしてきた。 先輩の席に加藤さんが当たり前のように座っていて、「間違えてるよ」と声をかけた先輩に加藤さんが「いいじゃないですか、そんな小さいこと」と嫌みな声音で返したそうだ。 それだけ聞くとどうでもいいことのように思えるのに、加藤さんは謝罪もなく席を戻す気も見せない態度を貫いた。おかげで先輩は常務の隣に座る羽目になってしまった。 「普通に替わってって言えばいいものを、私は譲られて当たり前って態度なの! 奏美ちゃん、あの生意気な子をどうにかして!」 「そう言われましても……」 教育係は私ではない。加藤さんの担当社員は男性で、強く指導もできず舐められていると可哀想な評価も受けている。 そもそも加藤さんは私に不愉快な態度を取ることは少ない。イベントの夜は涼平くんのそばに居たことで警戒されたかもしれないけれど、基本的に私には無害だ。社長の息子である政樹の仲の良い同期だからだろうか。 人伝に聞いた彼女の仕事ぶりを注意することもできずに、同僚たちの加藤さんに対する不満を聞くことが多くなった。 どうして加藤さんが席を勝手に移動したのかというと、涼平くんの隣に座りたかったからだろう。最近の加藤さんは涼平くんへの色目を隠すこともしなくなっていた。 「あなたもあの子に注意してよ!」
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