639人が本棚に入れています
本棚に追加
あなたが弱っているうちに
章吾さんに「入籍する」と言われてから1週間がたった。その相手が私ではないことに落胆してから気を持ち直すまでのこの1週間は残酷なほど長かった。それでもまだ完全に吹っ切れたわけじゃない。
まさか私と付き合って1年しかたっていないのに別の女性と政略結婚するとは章吾さん本人も予想していなかっただろう。私のことを嫌いになったわけじゃないなんて言われて、彼はその言葉で私が諦められるとでも思っているのだろうか。
嫌な女になりたくなくて、社長の命令なら仕方がないですねとお互いが自然と別れを切り出し、納得したふりをすることは想像以上にきつかった。
月初めの朝礼で章吾さんの結婚が社員に伝えられた時、周りは祝福する中で私だけが拍手できなかった。
株式会社アサカグリーンの社長の甥である朝加章吾さんは営業部の部長で私の上司に当たる。仕事を共にするうちに距離が近づき、付き合うことになったのは自然な流れだった。けれど私との将来を考えてくれると言った人は、社長の決めた相手とあっさり結婚してしまった。
朝礼を終えると章吾さんを視界から追い出して横に立つ新入社員の本田くんに「行こうか」と声をかけた。今から担当している会社に来年度のイベントの挨拶に行くのだ。
「はい」と返事をして微笑んだ本田くんはカバンを持つと私と一緒にエレベーターに乗る。
「政略結婚なんて本当にあるんですね」
本田くんは興味津々といった明るい声を出した。
「しょう……朝加部長はいつまでも独身だって社長が心配してたからね」
うっかり本田くんの前で『章吾さん』と言いそうになって焦った。私たちが付き合っていたことは極力秘密にしていた。知っているのは私の同期の朝加政樹だけだ。
最初のコメントを投稿しよう!