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加藤さんは暴言を吐いたことが他の社員にも知られているとは思っていないだろう。彼女の顔もまともに見れない。
「私、古川さんのバッグとコート持ってきますね」
涼平くんと二人でいた私が気に入らないと思っていそうなほど早足でお店の中に戻っていく。そんな加藤さんに苦笑する。
一刻も早く私と引き剥がして涼平くんを店に戻したいに違いない。
「送っていけなくてすみません」
涼平くんが申し訳なさそうにするから私は首を振る。
「今日の主役は大変だね。二次会まで連れていかれるよきっと」
「疲れてきたら酔ったふりして帰るので大丈夫です」
企んでいそうな顔をするから「女の子を連れ込んじゃだめだよ」と冗談っぽく笑って返す。
「そんなことしませんよ。俺の下手な演技に騙される人はいませんって」
この言葉に「どーせ私は単純ですよ」とむくれた。涼平くんはそんな私を見てまた笑う。
「これ以上近くにいるとまた奏美さんに触れちゃいそうなんで、気をつけて帰ってくださいね」
「うん……」
そう言うと店の中から加藤さんが私のバッグとコートを持って出てきた。
「古川さんお疲れ様でした」
機嫌よくバッグとコートを押し付けられて「早く帰れ」と圧力をかけられているように感じた。
「お疲れ様」
私は駅まで歩き出した。
ふと振り返ると加藤さんに腕を引かれて涼平くんは店の中に戻っていく。
「はぁ……」
言えなかった。言わなきゃいけないのに。
好きと伝えるだけのことがこんなにも難しいと思うなんて子供みたいだ。
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