きみが奪われてしまう前に

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この言葉に宴会場がざわつく。 章吾さんが出向……。確か奥様のご実家は葬儀会社だったはず。うちの会社とは葬儀用の花の取引がある。その部門の事業を拡大するという話が現実的になってきたということか。 皮肉だな、と私は苦笑する。 もともと章吾さんはブライダル部門に力を入れたがっていた。そこに私を引き入れるつもりだった。けれど今は結婚によって畑違いの会社に行くことになったのだ。 「これにより営業部長としての任を一時的に解き、後任の新営業部長は現営業部次長にお願い致します」 一瞬の沈黙の後にパラパラと拍手が起こる。 『政樹派』と『章吾派』として次期社長はどっちなのかと憶測が飛んでいたけれど、章吾さんを会社から出して政樹を昇進させるというのは実質政樹がリードしたということの公式発表だ。 章吾さんが会社を去ることにほっとした。期限付きの出向かは分からないけれど顔を合わせることはしばらくなくなる。 広い宴会場で政樹も章吾さんも見つけられていないから二人がどんな顔をしているのかを知ることはできない。 発表が終わり再び盛り上がってきた宴会場で私も酔い始め、政樹を探すことを失念していた。 「古川さん」 突然呼ばれて振り向くと章吾さんが私の後ろに膝をついている。 「ちょっと引継ぎのことで話があるんだけどいいかな?」 「え? 今ですか?」 「そう。この旅行が終わったらすぐに出向の準備だから、申し訳ないけど今話したい」 「はい……」 今はもう章吾さんに良い印象を持てない。本当は仕事の話などではないことは薄々分かっている。でもこんな風に言われて応じなければ同じテーブルにいる他の社員に変に思われる。
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