きみが奪われてしまう前に

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「ほんとにね……自分でもおかしいって自覚してる」 自虐的に笑う章吾さんはもう私が好きだった人ではないのだ。 「部長にはついて行きませんよ。私が尊敬してついて行きたいと思える上司は部長じゃありませんので」 「奏美までそんなことを言うの……」 今度は悲しそうに笑う。この状況で笑える章吾さんが怖い。 「引きずってるのは俺の方か……」 「奥様の会社に私を連れて行ったらどう思われるかなんて分かり切っていますよね?」 この人はどうしてしまったのだろう。いつも冷静で、私が甘えて離れたくなくなるようなカッコいい人だったのに、今は非常識な言動ばかりする。 入籍する相手としては私を選ばなかったのに、そばに置きたいということは愛人になれと言っているということ。そんな扱いをする人のそばにいられるわけがない。その先の結果を想像することすらできなくなってしまったのだろうか。 「章兄」 振り返ると政樹が私たちに向かって歩いてくる。浴衣を着ている社員が多い中、政樹は私服だ。手には旅行カバンを持っている。まるで今から帰るかのように。 「奏美はもう章兄の部下じゃない。俺の部下だから、勝手に連れていかれては困る」 政樹は私の横に並んで足元に荷物を置くと章吾さんを見つめる。 「婿入りした時点で章兄は会社での居場所を放棄したと俺は思ってる。だからこれ以上引っ掻き回さないで」 驚いて政樹と章吾さんの顔を交互に見る。 章吾さんって婿入りだったの? 「章兄の態度に問題があるって数人の社員から役員に報告が来てる。社長の耳にだって入ってるよ」
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