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私からあなたへ
一年間。時間がたつのは予想を超えて早かった。
館での生活はつつがなく過ぎていった。
最初は暇になれば外を散歩でもすればいいと思っていたが、その必要もない。
館の中には様々な娯楽がそろっていたし、一人で遊べないものなどにはそれ用のアンドロイドがいた。
9体ほどいるアンドロイドは、そのどれもが美しい、もしくはかわいらしい女性の姿をしていて、そのどれもが、ダッチワイフとしての機能を持っていた。
家事全般はアンドロイドが行ってくれるし、料理にしても洗濯にしても掃除にしてもどれもが一級品で非の打ちどころがなかった。
それに、なにか不便だな。と思うことがあれば、大抵祖父の残した発明品の中に解決できるものがあった。
それに、月々使い切れない特許料が振り込まれてくるので、金の心配をする必要もない。
よりよい生活とよりよい人生を常に求め続けた発明家というのは、嘘ではないらしい。
男には、この館での生活以上によい生活も、この館で過ごす以上ののよい人生も考えられなかった。
「この館で一年間生活をされましたが、いかがでしたか」
「最高だね。一生いてもいいくらいだ」
アンドロイドに言われて、男は即答した。
いてもいいというのは控えめな言い方で、離れたくないというのが本音だった。
「それは良かった。では、おじい様からの最後の遺産をお受け取りください」
アンドロイドが取り出したのは一つの映像媒体だった。
そこに祖父からのメッセージが込められているらしく、男はすぐに再生することにした。
『はじめまして。と祖父と孫という関係でこの言葉を使うのは奇妙ですね』
映像には、男の父親を白髪にしたような老人が映っていた。
随分と丁寧な話し方をする人だなと思った。
写真でしか見たことのない祖父がしゃべる姿を見て、男の胸にはこみ上げるものがあった。
『私は、よりよい生活とよりよい人生を探求し続けてきました。
この館は、その集大成になります。
映像を見てくれているということは、あなたもこの館での生活に満足してくれたものだと思います』
男はうなづいた。
一生住んでもいいと思えるくらいだった。
『ですが、この館にも欠点があります』
「え?」
『それは、私以外にメンテナンスができないことです』
言われて、男は驚愕した。
確かにメンテンナンスができなければこの館の維持はできない。
アンドロイドが壊れても男には修理ができないのだ。
それに機械というのは劣化するものだ。
精密機械と言えば耐用年数はどれくらいだろう。5年か、10年か、その程度の期間でこの生活は終わってしまうのだ。
この館での生活の終わりに男は焦燥した。なんとかしなければ。
『けれど、心配することはありません。
あなたに私の技術と知識、全てを、渡しましょう』
「本当か!」
『この映像を、間近で、瞬きせずに、30秒間じっと見続けてください。
それで、私からあなたへ、全てが受け継がれます』
男は、その言葉が終わるよりも早く、映像に食らいつき、じっと見つめ続けた。
30秒の間、何度も強い光が映像から放たれた。
目を閉じそうになったが、これまでの生活を維持するために必死に目をこじ開けた。
しばらくして、男の目の前が真っ暗になった。
「私からあなたへ、財産も素晴らしい生活も、技術も知識も、人格すらも与えられる全てをこうして渡しました。
ですから、あなたから私へ、一つくらいは渡してもらうものがあってもよいでしょう。
よりよい生活とよりよい人生には、若くて健康な体が必須なのです」
男が何かを応えることはなかった。
その代わりにのようにアンドロイドが声を発する。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
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