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頭上を見上げると、樹木の枝の隙間から光が溢れていた。 暖かい香り… 今は”春”なのだ、と玲が言っていた。 「はるって何…」 玲は驚いたような表情をすると、髪をくしゃくしゃと掻きながら、ため息をついた。 最近は、こんなことばかりだ。 玲の小屋を訪れたとき、かんたんな平仮名や時計の数字、身近にあるものの名前は知っていた。 玲や里花の話だって、ある程度は理解することが出来たが、知らないことが多すぎると、やはり意思が通じないことがある。 私は誰でも、当たり前に知っていることを知らないらしいのだ。 そんなとき、玲は説明に困るらしく、無言で悶える。 玲に迷惑をかけている… 丁度、居間でお茶を飲みながら、仕事の休憩をしていた里花は、私の浮かない表情に気付いたのか、春について、いろいろなことを教えてくれた。 春は、動物が冬眠から目覚めたり、たくさんの花が咲いたり… それから、私くらいの背丈の人間の子どもが”学校”という場所に通い始めるらしい… 里花は、小屋のラウンジから子ども用の絵本を持って来ると、1枚ずつページをめくりながら私に見せた。 ”学校”の絵のなかでは、頭に黄色の帽子を被り、背中に箱のようなものを背負った子どもたちが手をつないで歩いていた。 「学校ってどんなところ?」 そんなことを呟くと、里花の表情が急に曇った。 また、知らないことを聞いて困らせてしまったのだろうか… 頭を掻きむしりながら、苦い表情で私を見つめる玲の姿を思い出した。 不安な気持ちになり黙っていると、突然、里花が両手を合わせて嬉しそうな声を上げた。 「そうだ、ピクニックに行こう!」 翌日、里花は仕事が休みだった。 彼女は、朝、私を迎えに来ると、悪やイトイと一緒に小屋から少し離れた原っぱに連れていってくれた。 そこには、一面に花が咲いていた。 原っぱの片隅の木陰で一休みしていると、里花が大声を上げた。 「しまった…お弁当、玲のところに忘れてきちゃった…」 彼女は、慌てた様子で私に目くばせした。 「ごめん、すぐに取ってくるから、二匹と一緒にここで待ってて…」 里花の後ろ姿を見送ると、改めて頭上を見上げた。 「きれいだな…」 太い幹からは、いくつもの枝が放射線状に広がり、その枝のあいだからは金色の光が溢れた。 これが、春なんだ… ここに来る前に、私を送り出したときの玲の表情を思い出した。 玲は、いつもどおり硬い表情だったが、私に帽子を被せると頭を優しく叩いた。 この帽子…前日に、玲が小屋の倉庫から引っ張り出してきたものだ。 あの絵本のなかの子どもたちと同じ、黄色の帽子。 玲のお下がりだと言っていた。 私は、帽子を手に取ると、ぼんやりと見つめた。 「玲も、学校、行ってたのかな…」 そのとき、背後から声がした。 「君は…誰?」
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