ありがとう

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次の日になって 私はクラスの子に落としたハンカチを拾ってもらった もう下を向いたり 目をそらすことはしなかった ちゃんとその子の目を見て「ありがとう」と言うと クラスの子は当たり前のように「どういたしまして」と言った ……当たり前のように? 私はその日一日周りを見て 周りが当たり前のように「ありがとう」と言い 当たり前のように「どういたしまして」と言っていることを知った 今まで何度も聞いていたはずなのに 初めて気づいた 今まで「ありがとう」も「どういたしまして」も何百回 何千回と聞いてきて なのに気づいたのはその時が初めてだった 私は今度はお礼を言われた ハンカチを拾ってくれたのと同じ子に その子が水道を使っていて 零した水を拭いてあげたからだった 「ありがとう」 申し訳なさそうな笑顔で それでもちゃんとそう言われた サラリと言われたけど聞き逃すはずがないほど くっきりとした言葉だった しっかりとしているけど柔らかい言葉だった まるで その子みたいな 私はまた気づいた 「ありがとう」には「その人」が込められていることに 「その人の心」ではなく「その人自身」が 「その人」が 「ありがとう」に詰まっていることに 人が無意識に自分を「言葉」に込めていることに 「どういたしまして」 今度はちゃんと言えた 私は笑った たとえ有ることが難しくても ちょっぴり勇気を出せば簡単に言える言葉に 人は自分を込めている 自分の心を預けている そのくらい言葉は信頼されていた
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