月だけを描く画家②

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月だけを描く画家②

画家の義理の弟: ん、インタビューは終わったのかな。 義兄さん、変わってるでしょう? 君の課題にうまく沿わなかったんじゃ……えっ、そんなことない? そう……なら、いいんだけどね。 ああ……そう、聞いたんだね、姉さんが死んだこと。 そうだよ。義兄さんは、その現場に居合わせたんだ。 ……え? ああ……そうだよね。 ううん、大丈夫。そう思うのも当然だし。 義兄さんが……あの人が、殺したんじゃないか、ってことでしょう。 勿論疑ったし、警察に疑われてもいたよ。 記憶を失ったっていうのは方便で、 自作自演の犯人なんじゃないかって。 今でも、完全に容疑は晴れたわけじゃないけれど、 現場のいろんな状況から考えて、 他に犯人がいる、っていうのが警察の見解らしいんだ。 そうして……捜査が暗礁に乗り始めた頃から、かな。 あの人が……絵を、描き始めたのは。 真っ暗闇にポツリと浮かぶ、まんまるな黄色の円。 そんな月の絵を、何度も、何度も。 ……僕はね、義兄さんは犯人じゃないと思ってる。 あの人が描いているのは、消えてしまった記憶の一部、 殺人事件の当日の、なにかしらの記憶の欠片なんだろう。 義兄さんに聞いても、 「わからない」としか返ってこないんだけれど、 僕は……ぜったいにそうだ、と信じてるんだ。 あっ……ごめんね、君にこんな話をしてしまって。 えっ? 義兄さんの友だち? あの人、ずいぶんと義兄さんと仲がいいみたいでね、 よく見舞いに来てくれるんだよ。それも、毎日のように。 ちょっとぶっきらぼうだけど、いい人だよね。 僕もちょっと、挨拶をしてこようかな。 さて……ん? 君、その胸ポケット……。 妙に膨らんでいるけど、なにか入ってる? へぇ……茶色い金貨? 珍しいね、どうしたの、それ。 ああ、あの義兄の友だちに? でもそれ……とても使えないよね。こんな汚れてたら。 いや……汚れじゃないな、これ。 ちょっと焦げてる……? まさか、これ、って……。 あっ……ううん、ごめんごめん。 大丈夫だよ、なんでもないから。ほんとに。 そういえば……君、画家を目指しているんだっけ? そっか……君ならきっと、いい絵描きになれるよ。 学生: えっ……あ、えぇと……ボクは、その。 ちょっと前に……あの、画家さんを取材させて頂いた、大学生です。 はい、確かにあの日……画家さんとそのご友人、 それに……義弟さんとも、お話しました。 でも……それ以上のことは、何も。 本当です! だから、あの……。 画家さんの弟さんが……ご友人の方を殺してしまったなんて、 ほんと、今日まで知らなかったんです……! 動機……? そんな、ボクには何も……。 だって、義弟さんは「ぶっきらぼうだけどいい人」って、 あの人のことを話していましたし。 なんでも、義兄さんが事件に巻き込まれてから、 ご友人の方は頻繁に見舞いに来ていた、って言っていましたから。 はい……事件のことは、少しだけ。 えっ……そ、そんな凄惨な、現場だったんですか……? 殴られた上で、火を……? 黒焦げで、いつ亡くなったかもわからない状態って……。 よく……画家さんは生きていましたね。 ああ……運よく救助が間に合ったんですか。 でも……ショックで、記憶が。 それは……ずいぶん、辛い事件だったんですね……。 でも、それと義弟さんがご友人を殺したことに、 なにか関連があるんですか? えっ……じ、自殺!? 遺書を捜している最中だと……そ、そんな。 …………。 あ……す、すみません、ちょっとその、ショックで。 あ……そうだ。 あの……画家さんは今、どうしているんですか? ご友人が亡くなって、義理の弟さんまでいなくなって、 今もずっと独りで、月を描き続けているんでしょうか。 えっ……描かない? めっきり筆をとらなくなってしまった? そんな……オオカミ男の……オオカミ男の、 魔法でも解けてしまったんでしょうか……。 あっ……いいえ。 なんでも……なんでも、ありません。 画家: ああ……君かい。 よく来てくれましたね……うん、そうなんです。 すっかり、絵を描く気力がなくなってしまってね。 記憶? ううん、まだ戻っていないんです。 でも……ああ、君も聞いたんですね。 そう、義理の弟が……彼を、友人を殺したって。 遺書によるとね……友人が、 私の妻と子どもを殺した犯人だっていうんです。 頻繁に見舞いに来ていたのは、 私を殺す機会をうかがっていたらしい、と。 君のお陰で、それがわかったと書かれていましたよ。 それで……お礼を伝えてほしい、と。 ああ、絵……か。 どうしてかな。……もう、私の中に月の残骸は見当たらないんです。 あれだけ心の内に潜んでいた憎悪も、苦悩も、 まるで初めから存在しなかったかのように、消えうせてしまいました。 ……オオカミ男は死んでしまった。 もう……二度と戻っては来ないんでしょう。
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