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陽当たりの良い庭の一角に、一本の太い木質化した茎に気付いたのは、まだ蒸し暑さが残る初秋の頃だった。
ひまわりよりも太く丈夫で、途中伸びた枝は右に左に葉を大きく広げ、まわりの木々や花々よりも際立った存在感がある。
義母が植えたらしいその花は、日に日に背を伸ばし、その先端は、十一月の始めには庭で一番背の高いスモモの枝を越えていた。
家の庭はそれほど広くはないが、梅や桜にスモモ、藤にアジサイ、すだちや金柑、椿、月桂樹などが植わっている。
いわばなんでもありの庭である。
その合間に、毎年種を植えたわけでもないのに、季節ごとに決まって同じ草花が顔を出す。
その中で、場違いのように真っ直ぐ天に向かって高く伸びた茎。
「皇帝ダリアって言うのよ」
名を尋ねた私に、義母は教えてくれた。
「“皇帝”って凄い名前ですね」
「そう。知り合いにもらって二つ植えたの。一つは枯れちゃったんだけど、一つは根付いてね」
「今年植えたんですか?」
「いや。確か五、六年前くらいからあったわよ」
年号が変わる二年程前に、夫の退職を機に同居を始めたのだが、私は皇帝ダリアの存在についてまったく知らなかった。
「毎年、咲いてましたっけ?」
きっとちゃんと咲いていたのかもしれないが、草花にあまり関心のない私は、多分見ていたのに見ていなかった。
今年気が付いたのは、やはりその伸びかたが異常に思えたからだ。
「咲いてたわよ。まあ、あんなに高く伸びたのは今年が初めてだけど」
「今年が?」
「そう、ほら、今年白内障の手術したでしょ。その後一ヶ月は庭仕事出来なかったじゃない。いつもは毎年その頃に手入れしてたのに今年は出来なかったから、その間に伸びたのよ」
「そうですか……。そういえば二軒先にもありましたね」
家の皇帝ダリアの存在を知ってから、二軒先にあるものも同じものだとわかったのだった。それまで、そこに存在していたことすら知らなかった。
「そうね。あっちのほうはもうじき花が咲くんじゃないかしら。ああ、そう言えばね、役場の前にもあるのよ。素敵な花だなって思ってたら知り合いの家にもあってね、分けてもらったの」
しばらくして、買い物帰りに二軒先の庭の前を通りかかると、皇帝ダリアは、家の庭に咲くものより一足早く花が咲いていた。
薄紫色の、それほど派手ではなくどちらかと言えば落ち着いた色合いで、ダリアという名前から、花びらも無数に重なって華美なものを想像していたけれど、花びらは六枚ほどで控えめ、大きさは私の掌を余裕で越えるくらいだった。
また、ひまわりのように大輪の花が一輪咲くのかと思っていたが、そうではなく複数の花がひしめきあう感じで、私的にはダリアのイメージらしからぬ感じだった。
そうして二軒先の皇帝ダリアが堂々と咲き誇る中、家の庭のダリアも少し遅れてようやく花を咲かせるようになった。
ただ……庭のどの木々よりもずば抜けて高い位置に咲いていた。
「皇帝」……かぁ。
二軒先の庭にはあまり高い木は生えておらず、まわりにあるのはあじさいやオシロイバナくらい。なのでその背丈を越したあたりでもう伸びることを止め、花を咲かせている。
一方こちらの庭には、一番背の高いスモモが二階の窓から見える位置まで伸びているので、皇帝ダリアもそのラインを越えなければならなかったらしい、なにせ皇帝だから。
今までは、伸びる前に剪定していたので、低い位置で咲いていたのだろうけれど、今年は伸び放題だったので、際限なく思い切り背を伸ばしたのだろう。
庭で一番目を引いてしまっている。
まわりの木の葉はほとんど枯れ落ち、もう今年の全盛期を終えてしまっているから、尚更青々と生き生きしている様は目立つ。
「私を見よ」
とばかりに。
多分……日の当たり具合とか、その環境によって伸びかたにも違いが出るのだろうけど、私にはそんな風に見えた。
「すごっ」
花にしては不自然なほどに高い位置で、見下ろすように咲き誇る様は、堂々と威厳を放っていた。
その日は、朝から厚い雲が空全体を覆っていた……。
義母とテレビを観ながら昼食をとっていると、強風とともに突然大粒の雨が降り出した。なんの前触れもなく急に降り出すとは思わず、私は慌てて箸を置き、
「やだ、もう、いきなり降り出すなんて」
立ち上がると、
「ほんと嫌ね。今日の雨は午後からって言ってたのに」
義母も立ち上がり、二人で二階のベランダへと急いだ。
義母は真っ先に階段を上がって行ったが、階段の途中で、
「ちょっと、足がうまく上がらないわ」
立ち止まり、私を先に行かせた。
私は急いで駆け上がり、洗濯物を室内に移し変えた。
ひとつひとつ濡れていないか確認していると、少し遅れて義母が二階に上がって来た。
「はあ……。ちょっと階段上がっただけで息切れするわ」
「大丈夫ですか?」
「もう八十も過ぎたら、段々体も衰えてくるわね」
「無理しないでくださいね」
洗濯物を干し直していると、少しして義母がゆっくり階下へ降りて行った。
残りの昼食を食べ終える頃には、雨はすっかり上がっていた。
ふと、南向きの窓から外を眺めると、皇帝ダリアが風で大きく傾いていた。
「お義母さん、皇帝ダリアが倒れてますよ」
食後に薬を飲む義母に言うと、
「あらほんと?」
義母は薬を飲み干すと、慌てた様子で立ち上がり、玄関へと向かった。
皇帝ダリアは茎の途中から大きくしなだれ、桜の木にもたれかかっていた。
その茎は、隣の金柑の幹よりも細いのに、その高さだけは倍以上ある。
支柱で支える義母を手伝いながら、
「この高さじゃもっと茎が太くないと、倒れちゃうのは当然ですよね」
そう言うと義母は、
「そうね。来年はもっと短くしてあげないとね」
と苦笑いした。
私はあることが気になった。
「そういえば、役場の前の皇帝ダリアって、どのくらい伸びてたんですか?」
尋ねると、
「結構伸びてたわよ、だいたいこれくらいだったかしら。何本か植わってて」
「それじゃあ、今日みたいに強風が吹いたら、一斉に倒れちゃうんじゃないですか?」
「そうねえ。でも、互いに支え合ってるんじゃないかしら」
「支え合って?」
まあ、支え合うというより、もたれ合うとか、もつれ合うという感じだと思うが。
その日、気になって二軒先の皇帝ダリアもちょっと見に行ってみた。
長いほうは一階の屋根にもたれかかっているが、それより少し短いほうは、倒れずにちゃんと立っていた。
きっとそのくらいの高さが丁度良いのかもしれない。
家に戻り、義母にそのことを告げようとすると、丁度出掛ける準備をしていた。
「あら、お出掛けですか?」
「そう。ちょっとウォーキングに行って来るわね」
「雨あがりで地面が濡れてるから、気を付けて行って下さいね」
「大丈夫よ。それじゃあ、行ってくるわね」
義母はウォーキング仲間の友人の家へと向かった。
いつも、膝が痛い痛いと言いながら、
「少し休んだらいかがですか?」
と言っても、
「少しくらい痛くてもね、動かさなきゃ駄目なのよ。動かさないとどんどん衰えて行くんだから」
と、こちらがなにを言っても聞き入れてはくれない。
また、自室を一階に移動すれば良いと思うのだが、階段がきついと言いながら一日になんども二階の自室を上り下りしている。
庭に出て皇帝ダリアを見てみると、支柱では支えきれなかったのか、針金で桜の木に結び付けられていた。
皇帝ダリアは今、なにを思うのか……。
桜の木にもたれかかる皇帝ダリアの横を、痛む足を少し引き摺るようにして歩く義母が、ゆっくりと通り過ぎて行った。
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