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ソファで寝ている葵くんが、もぞもぞと動き出した。起こしてしまったか、と固まって見ていると、薄っすらと開いた目が私とぶつかった。眠そうに目を瞬き、あれ、と小さく声を漏らす。
「起きてたの……?」
「うん」
「それ……」
「美味しいよ」
私が言うと、途端に眉を寄せた。なんでそんな嫌そうな顔をするんだ。
「気、遣わなくていいよ。不味かったし」
「ちょっと薄いだけだよ。塩足したらちょうどよくなるよ」
「そうなの?」
言いながら起き上がり、掛け布団の中から出てくる。のそのそと歩いてきたかと思えば、隣にしゃがみ込んで抱き寄せられた。そのまま床に座り込むので、身体が横に傾き慌てて器とスプーンから手を離した。
「もう平気?」
どうやら、私が疲れていたのをまだ気にしているらしい。平気だよ、と抱きしめる腕に触れて言えば、安堵するように息が吐かれる。
「ねぇ、どうしてソファで寝てたの?」
「……我慢できないから」
「なにそれ」
「甘えられたりしたら、襲いたくなる」
するりと手が服の中に滑り込んできた。ゆるゆると脇腹を撫でる感触にふと違和感を覚え、服を捲ってそこを見る。その左手を掴みとれば、あ、と葵くんが気まずそうに声を漏らした。指先に、いくつも絆創膏が巻かれている。
「どうしたの、これ」
「えっと……」
「さっき料理した時じゃないよね?」
雑炊の中には卵以外に具材はなく、包丁を使った形跡もなかった。そもそも、こんな怪我ばかりしていたらあの短時間で作れるはずがない。
もしかして、と心の中に過ぎる。料理なんてほとんどしたことがないのだから、何の準備もなしに当日チャレンジなんてするはずがない。ずっと練習してくれていたのだ。慣れない包丁を握って、今日、この日の為に。
「何作ろうとしてたの?」
「……忘れた」
照れ隠しで言っているのは明らかで、その拗ねたような声音に思わず笑ってしまった。抱きしめる腕の中で向き合うように体勢を変えれば、至近距離でその目が合う。薄明りの中と言えどさすがに恥ずかしいので、視線から逃れるように額を胸元にくっつけた。
「ありがとう」
しがみつき、小さく言う。最高の誕生日だ。たとえ運の悪い一日でも、そんなもの覆るくらいの幸せを貰っている。来年も、再来年も、出来るだけ長く、こんな日が続けばいい。
「……そういうことされると、我慢できなくなるって言ったよね」
「言ったっけ?」
「襲っていい?」
「ダメ」
たまにはこうして、ゆっくりと体温を感じていたい。葵くんには悪いけど、誕生日だし、我がまま言ってもいいよね。そう思い、はたと気づいた。そういえば、もう日付は変わっているのだった。まぁ、いいか。
終
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