第一話「魚影」

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 翌朝。  美須賀大学付属高校の教室で、エドはぼんやり頬杖をついていた。  結局、昨晩は一睡もできずじまいだ。ルリエの話はあまりに現実ばなれしすぎていて、ふつうの者なら一笑に付して終わりだろう。  だが、実際に現場に立ち会ったエドからすればそうもいかない。事実のところどころに、ルリエの話を裏付ける説得力があるのだ。  そして今日も、ルリエの語ったとおりのことが起ころうとしていた。 〝染夜名琴(しみやなこと)〟  とつぜんの転入生は、チョークで黒板にそう書いて名乗り、無駄のない挨拶を教室の生徒たちに振る舞った。  染夜名琴は、メガネをかけ、どこか神経質っぽい眼差しの、いかにも友達の少なそうな女子だ。  メガネ?  もちろんエドは、本日、その転入生がこのクラスへ落ち着くことを、あらかじめルリエから聞かされていた。名前はもとより、こまかな特徴までルリエの説明どおりだ。  背筋に寒いものを感じながら、エドはひとりごちた。 「あれが……誘拐犯」  やがて、担任にしめされ、染夜名琴は音もなく所定の席についた。おそろしいことに、エドの斜め後ろの席だ。  まあ、これだけ人の多い場所なら、おかしなマネもできまい……エドがその考えの甘さを痛感したのは、次の瞬間だった。 「きのうはよくも邪魔してくれたなあ、クソガキ。あと一息だったのに」  エドの顔面は蒼白になった。  聞き間違えるはずもない。きのう、薄暗い路地裏で、狂気じみた発言を繰り返したあのキンキン声だ。  だが、妙なことに、他のクラスメイトたちに変わった様子はない。これだけはっきりエドの耳には届いているのに、なぜだ?  その答えも、やはりあの甲高い声が発した。 「けけけ。てめえの心に直接しゃべりかけてんだ……楽に死ねると思うなよ?」  恐怖のあまり、エドは頭の中が真っ白になるのを感じた。  さびついたロボットのように、ぎこちなく斜め後ろの席へ瞳を向ける。  染夜名琴は、エドを見ていた。  ナイフのような鋭い視線で。
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