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第二話「獅子」
「撃たないで! 染夜さん!」
闇の中、凛々橋恵渡は悲痛な顔でうったえた。
そのひたいには、冷たい金属のかがやきが突きつけられている。
拳銃だ。
その銃把をにぎる少女のなまえは、染夜名琴。エドとおなじ、美須賀大学付属高校にかようクラスメイトだった……すくなくとも、数時間前までは。
ふるえる声で、エドはくりかえした。
「ぼくがわからないのかい!? 凛々橋だよ! 凛々橋恵渡! いったいどうしたって言うんだ、染夜さん! いいかげん目を覚ましてよ!」
「目を、覚ます?」
問い返すナコトのようすは、すこしおかしい。
高校の制服はいたるところが汚れて裂け、見よ。ワイシャツの胸もとが真っ赤に染まっているではないか。銃で撃たれた?
傷と出血、そして興奮のためか、ナコトの息は獣のように荒い。おまけに、ひびの入ったそのメガネの奥……赤く血走ったナコトの瞳には、地獄めいた炎がゆれている。
うわごとのように、ナコトは続けた。
「たしかにそうだな。そうしたい。たとえその先に悪夢が待っていようと、わたしはとにかく、目を覚ましたい。だが、そのためにはまず、こちらの現実にケリをつけなければ……おまえを仕留めなければならない」
「く、狂ってる! まともじゃない!」
恐怖に、エドの顔はゆがんだ。
ナコトを狂気に駆り立てたのは、いったい何なのだろう。罪のない同級生に本物の銃を向けるとは。温厚なエドも、逆上を禁じえない。
「もうたくさんだ! いつもいつも、どうしてぼくを、こんな、ろくでもない目にばかり巻き込む!? ぼくはただ、ふつうの暮らしを送りたいだけなのに! 染夜名琴! やっぱりきみは……」
エドは悲鳴をあげた。
「やっぱりきみは、怪物だ!」
銃弾は、エドの頭をつらぬいた。
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