第二話「獅子」

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「撃たないで! 染夜さん!」  やさしい彼の顔、救えなかったその命。  いきなりのことで声もないナコトに、エドは必死にうったえた。 「ぼくがわからないのかい!? 凛々橋だよ! 凛々橋恵渡! いったいどうしたって言うんだ、染夜さん! いいかげん目を覚ましてよ!」 「目を、覚ます?」  血だらけのナコトの胸を、寒くて重たいなにかが絞めつけた。感情の動きにつられて揺らぎかける銃口を、懸命にエドの頭に安定させる。  雑念を振り払う苦行僧のごとく、おもいきり眉間にしわを寄せながら、ナコトは続けた。 「たしかにそうだな。そうしたい。たとえその先に悪夢が待っていようと、わたしはとにかく、目を覚ましたい。だが、そのためにはまず、こちらの現実にケリをつけなければ……おまえを仕留めなければならない」 「く、狂ってる! まともじゃない!」  まちがいなく、それはエドの本音だった。極限状態に追い込まれ、パニックを起こした人間の反応としても正しい。  なおもエドは、声高にまくしたてた。 「もうたくさんだ! いつもいつも、どうしてぼくを、こんな、ろくでもない目にばかり巻き込む!? ぼくはただ、ふつうの暮らしを送りたいだけなのに!」  すまない、すまない……ナコトのつぶやきを聞くのは、冷たく吹く風だけだった。  このまま撃つのか? それでいいのか? 自分はまたエドを裏切るのか? 救えないのか? ほんとうにそれで正解なのか? 後悔はないか?  決定的なひとことを、エドは言い放った。 「染夜名琴! やっぱりきみは、怪物だ!」  刹那、崩れかけたナコトのなにかを支えたのは、あたたかい気配だった。  あの廃工場での、彼の最後のことばだ。 〝染夜さん。きみはまちがっても怪物なんかじゃない。心優しい人間だ。だから……だから、自分で自分を怪物呼ばわりするのはやめて。いいかい。約束だよ〟  瞳を閉じたまま、ナコトはうつむいた。その頬にひとすじ、かがやくものが伝う。  銃口のふるえは静まり、ナコトはささやいた。 「おやすみ、エド」  その途端、エドの顔は悪鬼のそれへと豹変している。  すなわち、ハンナの表情に。 「死ィいねエぇぇぇッッ!!」  叫んで襲いかかった少年の頭を、ナコトは撃ち抜いた。
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