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「撃たないで! 染夜さん!」
やさしい彼の顔、救えなかったその命。
いきなりのことで声もないナコトに、エドは必死にうったえた。
「ぼくがわからないのかい!? 凛々橋だよ! 凛々橋恵渡! いったいどうしたって言うんだ、染夜さん! いいかげん目を覚ましてよ!」
「目を、覚ます?」
血だらけのナコトの胸を、寒くて重たいなにかが絞めつけた。感情の動きにつられて揺らぎかける銃口を、懸命にエドの頭に安定させる。
雑念を振り払う苦行僧のごとく、おもいきり眉間にしわを寄せながら、ナコトは続けた。
「たしかにそうだな。そうしたい。たとえその先に悪夢が待っていようと、わたしはとにかく、目を覚ましたい。だが、そのためにはまず、こちらの現実にケリをつけなければ……おまえを仕留めなければならない」
「く、狂ってる! まともじゃない!」
まちがいなく、それはエドの本音だった。極限状態に追い込まれ、パニックを起こした人間の反応としても正しい。
なおもエドは、声高にまくしたてた。
「もうたくさんだ! いつもいつも、どうしてぼくを、こんな、ろくでもない目にばかり巻き込む!? ぼくはただ、ふつうの暮らしを送りたいだけなのに!」
すまない、すまない……ナコトのつぶやきを聞くのは、冷たく吹く風だけだった。
このまま撃つのか? それでいいのか? 自分はまたエドを裏切るのか? 救えないのか? ほんとうにそれで正解なのか? 後悔はないか?
決定的なひとことを、エドは言い放った。
「染夜名琴! やっぱりきみは、怪物だ!」
刹那、崩れかけたナコトのなにかを支えたのは、あたたかい気配だった。
あの廃工場での、彼の最後のことばだ。
〝染夜さん。きみはまちがっても怪物なんかじゃない。心優しい人間だ。だから……だから、自分で自分を怪物呼ばわりするのはやめて。いいかい。約束だよ〟
瞳を閉じたまま、ナコトはうつむいた。その頬にひとすじ、かがやくものが伝う。
銃口のふるえは静まり、ナコトはささやいた。
「おやすみ、エド」
その途端、エドの顔は悪鬼のそれへと豹変している。
すなわち、ハンナの表情に。
「死ィいねエぇぇぇッッ!!」
叫んで襲いかかった少年の頭を、ナコトは撃ち抜いた。
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