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うっそうたる山道はいつしか途切れ、わたしの足は舗装された道路をふんでいた。
流れ落ちる滝と岩のあいだに、まさかあんな奇妙な遺跡が隠されているとは誰も思わないだろう。
どこをどう歩いて出口まで辿り着いたかは、はっきりいって覚えていない。
「?」
ふと、わたしは夕陽のほうへ鼻をむけた。
どこかでだれかが、わたしの名前を呼んでいるではないか。
「ナコト~! ナコ、あ! いた!」
道路のむこうに見えたのは、自転車に乗った少年だった。坂道を必死でこいできたためか、息もたえだえだ。
わたしに近づくなり、おおきく息を吸い、少年は怒鳴った。
「このばか姉! あんたを笑いにきた!」
姉?
おお。怒りの血管を顔じゅうに盛りあがらせ、頭のてっぺんから湯気を吹くのは、わたしの実の弟だ。
こまった笑顔をうかべ、わたしは小首をかしげた。
「えらくテンションが高いようですけど、どちらさまです?」
「俺だ! 忘れたか! 染夜優葉だ! いまさらだが、ばか姉の行動様式は、常人のそれをはるかに逸している!」
「えへへ」
「ほめてない! ほめられた行動とはいいがたい! 土砂崩れの脅威を知りながら、まさか本当にこんな場所へ来るなんて! まさしく飛んで火に入る夏の虫!」
「あ、そうか。ここへ来ること、スグハにだけは言ってたね。むかえに来てくれたの?」
「だから、笑いにきたと言っている! おろかな! あんたを! フハハハハ!」
「がははは!」
「わらいごとじゃない! いいかげんにしろ!」
なんども自転車のハンドルをたたくスグハから、わたしはびくりと後退った。
わたしの鼻先に、なにか白いものが突きつけられる。タオルだ。
いらいらと足で貧乏ゆすりしながら、スグハはうながした。
「ふけ! 顔を! およそ泥だらけの犬に等しいぞ! 帰りが遅いだのなんだので、あんたと母さんが怒鳴り合うのもまた一興だが!」
わたしは、にいっと唇をつりあげた。
「わたしが心配になったと?」
「そうだ! いや違う! うぬぼれるな! 帰るぞ! とっととうしろへ乗れ!」
強く言い放って、スグハは自転車の荷台をしめした。
まさか、わたしの瞳の片すみで、見えないべつのものが、べつの方向を指さしているとは夢にも思わない。
わたしの〝矢印〟は、まだ天辺山のあの場所へ向いている。
わたしはぼそりと聞いた。
「なにがあるの、その先に?」
そう。
これは、染夜名琴の昔の話。
わたしがまだ、人間のまま歩いてゆけると思っていたころの物語……
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