第三話「矢印」

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 うっそうたる山道はいつしか途切れ、わたしの足は舗装された道路をふんでいた。  流れ落ちる滝と岩のあいだに、まさかあんな奇妙な遺跡が隠されているとは誰も思わないだろう。  どこをどう歩いて出口まで辿り着いたかは、はっきりいって覚えていない。 「?」  ふと、わたしは夕陽のほうへ鼻をむけた。  どこかでだれかが、わたしの名前を呼んでいるではないか。 「ナコト~! ナコ、あ! いた!」  道路のむこうに見えたのは、自転車に乗った少年だった。坂道を必死でこいできたためか、息もたえだえだ。  わたしに近づくなり、おおきく息を吸い、少年は怒鳴った。 「このばか姉! あんたを笑いにきた!」  姉?  おお。怒りの血管を顔じゅうに盛りあがらせ、頭のてっぺんから湯気を吹くのは、わたしの実の弟だ。  こまった笑顔をうかべ、わたしは小首をかしげた。 「えらくテンションが高いようですけど、どちらさまです?」 「俺だ! 忘れたか! 染夜優葉(すぐは)だ! いまさらだが、ばか姉の行動様式は、常人のそれをはるかに逸している!」 「えへへ」 「ほめてない! ほめられた行動とはいいがたい! 土砂崩れの脅威を知りながら、まさか本当にこんな場所へ来るなんて! まさしく飛んで火に入る夏の虫!」 「あ、そうか。ここへ来ること、スグハにだけは言ってたね。むかえに来てくれたの?」 「だから、笑いにきたと言っている! おろかな! あんたを! フハハハハ!」 「がははは!」 「わらいごとじゃない! いいかげんにしろ!」  なんども自転車のハンドルをたたくスグハから、わたしはびくりと後退った。  わたしの鼻先に、なにか白いものが突きつけられる。タオルだ。  いらいらと足で貧乏ゆすりしながら、スグハはうながした。 「ふけ! 顔を! およそ泥だらけの犬に等しいぞ! 帰りが遅いだのなんだので、あんたと母さんが怒鳴り合うのもまた一興だが!」  わたしは、にいっと唇をつりあげた。 「わたしが心配になったと?」 「そうだ! いや違う! うぬぼれるな! 帰るぞ! とっととうしろへ乗れ!」  強く言い放って、スグハは自転車の荷台をしめした。  まさか、わたしの瞳の片すみで、見えないべつのものが、べつの方向を指さしているとは夢にも思わない。  わたしの〝矢印〟は、まだ天辺山のあの場所へ向いている。  わたしはぼそりと聞いた。 「なにがあるの、その先に?」  そう。  これは、染夜名琴の昔の話。  わたしがまだ、人間のまま歩いてゆけると思っていたころの物語……
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