第三話「矢印」

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 学校が終わると、わたしは毎日のようにテフの遺跡にかよった。 「それがねえ。弟に勘づかれちゃってさ。さいきん、わたしの帰りがちょっと遅いもんだから」  広げたピクニックシートに座って、わたしは語った。  暗闇の中、わたしのもってきた缶詰のキャットフードをたいらげるのに、子イノシシはいそがしい。その丸い背中をなでるわたしに、うめいたのはテフだ。 「おいおい、まさか、しゃべっちゃいないよな?」 「しゃべったよ」 「エエーっ!?」 「ちがうよ、テフのことじゃない。弟ね、わたしに彼氏ができたんじゃないか、ってうたがってきたの」 「なんだ、おどかしやがって。で? なんて答えた?」  電池式のデスクライトを持ち込んだので、光にかんしては問題ない。  ぼんやり明かりに照らされながら、わたしは不気味なほほえみを浮かべた。 「できた、って答えた。そしたら弟、あわてちゃってね。まっかな顔して叫ぶの。〝さかりのついた雌犬〟とか〝恥を知れ〟とか。ほんと体育系で、野球部の背番号五なんだから」  わたしは声をだして笑った。 「彼氏なんて、いるわけもできるわけもないのにねぇ」 「もっともだ。十年たってから出直してこい」 「あ、いけない。もうこんな時間。帰らなきゃ」 「そうか。うせろ。そして二度とここへは近づくな」 「またあしたね♪」  その翌日も遺跡をおとずれたわたしだが、かんじんのテフはいない。  かわりに、奥の祭壇に、人がひとり座っているではないか。  いつもであれば、テフがぼうっと浮かびあがっている場所だ。ひざにのせた子イノシシを、静かになでている。  若い男の人だった。ひょろ長い体を、どこか神父様然としたスーツで固めている。精悍な顔立ちは、日焼けでもしているのかやや浅黒い。  目を点にして立ち尽くすわたしに気づくと、男の人は挨拶がてら片手をあげた。あげたその手で、ウィスキーらしき液体のゆれるグラスが、からんと氷の音をならす。  メガネをもちあげながら、わたしは用心深くたずねた。 「あの、どちらさまです?」 「俺だ」 「その声は……テフ!? どしたのそのカッコ!?」 「イケてるだろ? 昔はよく、このフェイスで魔女の夜宴(合コン)のエース張ったり、秘境の未開部族に、異世界の扉を開くためのレッスンをして、モテまくったもんさ」  あでやかな香水のかおりを振りまいて、テフはキザな笑みをはなった。 「ほれるなよ?」 「え~っとね、テフ。このまえ夜の繁華街で、看板もってチラシくばってなかった?」  口にふくんだウィスキーを、テフはおもいきり吹きだした。 「俺がホストに見えるってのか!? この〝這い寄る混沌〟のストロングスタイルがチャラいと!?」 「無理はしないほうがいいよ~」 「言われるまでもねえ! やめだやめだ!」  男の人は、黒い風につつまれた。  とたんに、いつもの邪悪な瘴気めいた姿が現れる。  赤光をはなつ三つの瞳をつりあげながら、テフはぐちった。 「あのよ、いいか。俺はな、きのうおまえが言ってた彼氏うんぬんの話のアリバイ作りのため、イケメンのカッコでいっしょに街でも歩いてやろうと……」 「いらないよ。わたしは、ここでこうして、テフとお話してるだけで十分」 「そうかいそうかい。もう今後一切、気なんか使ってやらね~」  次の日も、その次の日も、わたしは遺跡の闇をおとずれた。  わたしがテフとかわすのは、とりとめもない話ばかりである。はやりの音楽や芸能人の話題、家族にしにくい相談ごと、学校の成績についての悩み等々……  意外にもテフはおどろくほどの博識で、学校の教科書をもちこめば、不明な点はすばやく、わかりやすく、そしてガラ悪く解説してくれた。  その気になれば、赤ん坊に古代の核兵器のつくりかたを理解させられるとも豪語していたが、なんのことかはわからない。  わたしのほうのネタが尽きかけると、こんどはテフの世間話が耳を楽しませた。  じつはテフ自身は、時空を何階層もななめに抜けた別宇宙のかなたから、単身赴任でこの星に派遣されているとのことだ。  上の人に与えられた仕事とは、すなわち世界の破滅と人類の終焉。  ここ数百年ばかり有給休暇をもらっていたが、ひとつも故郷に帰っていないため、そろそろ実家の奥さんから怒られそうで怖いという。  そんなこんなで、いい時間になると、テフは決まってこううながした。 「夕飯の時間だぜ。消えな。そして二度とここへは近寄るんじゃねえ」  だからいつも、わたしは笑顔でこう答える。 「またあした♪」
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