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夜の公園に人影はなかった。
トンネル状の遊具の中に、このふたりがいるだけだ。
「ここまで、くれば、だいじょうぶ、でしょ」
暗いトンネルに座り込んだまま、エドは息切れに肩を上下させた。全力で逃げたはいいが、日頃の運動不足がたたったらしい。
反対に、ルリエはさきほどまでとは違い、落ち着いた様子だ。三角座りし、無表情にトンネルの壁をながめている。うすい傷跡が走っていても、やはり人形のように整った目鼻立ちには変わりない。
その横顔に一種神聖なものさえ感じながら、エドは切り出した。
「ぼくは凛々橋。凛々橋恵渡。久灯さん、だね?」
「知ってるの? 見たところ、あなたも美須賀大付属のようだけど?」
「うん。知ってるもなにも、あの高校で君を知らない人はほとんどいないと思うよ。言ってはなんだけど、誘拐犯に狙われるのも納得がいく」
「……今日は本当にありがとう、凛々橋くん。できれば、さっきあったことは秘密にしておいてね」
わかりやすい愛想笑いをのこして、ルリエはさっさとトンネルを這い出そうとした。もちろんエドも、それで黙って行かせる冷血漢ではない。
「待ってよ久灯さん。病院まで送ってくよ」
「ひとりで行けます。はなして」
「だめだ。警察にも行って、ちゃんと事情を話さなきゃ」
「銃でおどされて、犯されたの。これでいい?」
ルリエの一言に、エドは凍りついた。
「うそよ」
ふっと自嘲げな笑みをうかべ、ルリエはふたたびトンネルに三角座りした。
「命を助けてもらった凛々橋くんに、なんてこと言うんでしょうね、あたし。でも、本当のことを言っても多分信じないわ」
「あの変な生き物のことかい? 水たまりから飛び出した〝あれ〟。走ってたから、あまりはっきりは見えなかったけど」
「……わかったわ。真実を聞かせてあげる。驚くでしょうけど、どうか冷静にね」
ルリエは、静かに語り始めた。
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