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翌朝。
美須賀大学付属高校の教室で、エドはぼんやり頬杖をついていた。
結局、昨晩は一睡もできずじまいだ。ルリエの話はあまりに現実ばなれしすぎていて、ふつうの者なら一笑に付して終わりだろう。
だが、実際に現場に立ち会ったエドからすればそうもいかない。事実のところどころに、ルリエの話を裏付ける説得力があるのだ。
そして今日も、ルリエの語ったとおりのことが起ころうとしていた。
〝染夜名琴〟
とつぜんの転入生は、チョークで黒板にそう書いて名乗り、無駄のない挨拶を教室の生徒たちに振る舞った。
染夜名琴は、メガネをかけ、どこか神経質っぽい眼差しの、いかにも友達の少なそうな女子だ。
メガネ?
もちろんエドは、本日、その転入生がこのクラスへ落ち着くことを、あらかじめルリエから聞かされていた。名前はもとより、こまかな特徴までルリエの説明どおりだ。
背筋に寒いものを感じながら、エドはひとりごちた。
「あれが……誘拐犯」
やがて、担任にしめされ、染夜名琴は音もなく所定の席についた。おそろしいことに、エドの斜め後ろの席だ。
まあ、これだけ人の多い場所なら、おかしなマネもできまい……エドがその考えの甘さを痛感したのは、次の瞬間だった。
「きのうはよくも邪魔してくれたなあ、クソガキ。あと一息だったのに」
エドの顔面は蒼白になった。
聞き間違えるはずもない。きのう、薄暗い路地裏で、狂気じみた発言を繰り返したあのキンキン声だ。
だが、妙なことに、他のクラスメイトたちに変わった様子はない。これだけはっきりエドの耳には届いているのに、なぜだ?
その答えも、やはりあの甲高い声が発した。
「けけけ。てめえの心に直接しゃべりかけてんだ……楽に死ねると思うなよ?」
恐怖のあまり、エドは頭の中が真っ白になるのを感じた。
さびついたロボットのように、ぎこちなく斜め後ろの席へ瞳を向ける。
染夜名琴は、エドを見ていた。
ナイフのような鋭い視線で。
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