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六限目のチャイムは、恐怖に満ちた授業からエドを解放した。
カバンに教科書をつめこんで、そそくさと席を立つエド。一刻も早く教室を出たい。
斜め後ろの席につく危険人物は、さいわい、まだ機械的にペンケースへ文具をしまっている。
早足に歩きだそうとした途端、エドはずっこけた。
「うえッ!?」
はでに床へ腹を打ち、エドはしばし奇妙な昆虫のようにもだえた。
だれかに足をかけられたのは間違いない。
だが、だれが?
あのとおり、クラスメイトたちは運動オンチな自分をくすくす笑いながら、最後のひとりまで教室を出てしまっている。
エドと、染夜名琴だけを残して。
なんだろう。ナコトの机の横にかけられた通学カバンに、なにかが飛び込んだようにエドには思えた。小さくて素早いなにかの影が。得体のしれないその存在が、何席か離れたナコトにかわって、自分を襲ったというのか?
「凛々橋恵渡、だな?」
「!」
エドは息をのんだ。
冷たく自分を呼んだ声は、誘拐犯のキンキンした男の声とは似ても似つかない。だいぶトーンは低いが、いちおうは歳相応の女子の声だ。
では、朝に自分へ殺害予告をもたらしたあの声は一体?
女の声のまま、ナコトは問うた。
「久灯瑠璃絵……クトゥルフになにを吹き込まれた?」
「…………」
ようやく呼吸ももとに戻り、エドは立ち上がって制服のホコリを払った。こんどは用心深く床を確かめながら、無言で出口へ向かう。
エドの足を止めたのは、ナコトの次のひとことだった。
「久灯瑠璃絵は、わたしが仕留める」
「……なんだって? なんでだよ?」
「わたしの目的に、やつの存在が邪魔だからだ。やつは、この世にいてはならない存在なんだよ」
「また頭のおかしいことを……いてはならないのは、そっちの方だ、染夜名琴。さらった人たちは無事なんだろうな?」
教科書のたばを机の上でまとめながら、ナコトはさらりと答えた。
「湖の底だ」
「ああ……なんてことを。お前、それでも人間か?」
「いいや。魂も悪魔に売ってある。いがいと悪くない値段だった」
窓の外、ランニングする運動部の列を、ナコトはメガネの奥からものうげに眺めた。
「忠告しておく。命が惜しければ、もうこれ以上、あの女には深入りしないことだ。まきぞえを食いたくはなかろう?」
「聞いたとおり、やっぱりお前は悪の源だ。いまぼくを、背中から撃ちたければ撃てばいい。でも、染夜名琴……久灯さんは、絶対にお前なんかには負けない」
出口へ向かうエドを、今度こそナコトは止めなかった。
教室から抜け出すや、おもいきり息を吐いたのはエドだ。毛穴という毛穴からは冷や汗が吹き出し、バクバクいう心臓はいまにも破裂しかかっている。
あくまで強がってはみたものの、今夜は明かりを消して眠れそうにない。それでも、予想した最悪の事態はまぬがれた……
いや、まだだ。
エドの顔から、血の気がひいた。
エドの背後から、教室の中から、いるはずのない三人目の声が響いたのだ。
あのキンキンした笑い声が。
「ぎゃはははは! 聞いたか!? さっきの聞いたかよナコト!? あのクソガキ! これから自分がどんな目に遭うかわかってねえ! ぜ~んぜん、わかってやがらねえぜ!」
耳をふさいで逃げるエドを、笑い声はひたひたと追ってきた。
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