天水輪の丘

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 ……今日、花の井小学校の五年一組の教室で、こんなことがあったのです。 「返して! 返してったら! わたしの帽子なんだから!」 「ふーんだ、取れるもんなら取ってみな、おかっば頭ぁ!」 「カッカッカツ、取れるわけはないですよ、おかっぱはちびだから、ふふん、そーれ」  確かに花鈴(かりん)は、ちっちゃいし、おかっぱでした。  ただ夏五からいわせてみれば、おかっぱは、奥深く賢そうな花鈴の瞳にびったりと合っていたし、ちっちゃいのだって、お人形さんのようでかわいらしいと思っていました。  花鈴と夏五の家は隣り合っていて、ふたりは仲の良い幼なじみでした。 「ほーれ、届かないだろう。そーら、今度はあっちだぞ、ちびの花鈴」 「返せったら!!」  花鈴が本気で怒って、勢いよくジャンプをし、帽子に手を伸ばしました。  あともう少しのところで手が届いたのですが、届いたのは指先だけでした。しかし帽子に触れたことで軌道がずれ、すとん、帽子は夏五の手元へ落ちてきたのです。 「夏五! てめぇ、早くこっちへよこせ! 花鈴に渡したら、承知せんぞ!」  びっくりしている夏五へ、すかさず、リーダー格の太っちょが怒鳴り声を上げました。 「夏五ちゃん、お願い渡さないで。それは、母さんに買ってもらった大切な帽子なの」  花鈴は、夏五の目を見つめながら、うったえました。  きっと夏五は自分に帽子を返してくれる、花鈴はそう信じています。  夏五はすぐにでも、帽子を花鈴に渡したかったのです。 「はい、花鈴ちゃん」  こういって、帽子を花鈴に手渡し、安心させてあげたかったのです。そうしたのなら、きっと花鈴は、夏五に一番の笑顔を向けたでしょうから……。 「おらっ夏五! 早くよこさんか! ぶっとばすぞ!」  びくりとした夏五は、とっさに帽子を投げでしまっていました。  ふとっちょの方へと……。
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