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「恋がおはようという。恋が黒板に分数の割り算の答えを書く。恋の髪の毛が風に吹かれて持ち上がる。恋の声色、恋の笑顔、恋のナミダ……」
ひとしきり泣いて気がすむと、夏五はすっくりと立ち上がり、つぶやきました。
天水輪を見つめながら……。
……夏五はひとりでいるときに、花鈴のことを『恋』と読んでみることがあったのです。
夏五は花鈴のことが、誰よりも好きでした。
天水輪は青い三つの灯を、音なく明滅させています。
それは天水輪の紺碧の三つの瞳であり、夏五もじっとそれを見つめ、二人はなにか秘密の交信をしているように見えました。
(恋のナミダ……)
……あのあと、夏五が帽子を太っちょの方へと投げてしまったあと、花鈴は泣き出し教室を出ていってしまいました。
花鈴の泣き顔が、真夏の景色のようにくっきりと頭に焼きついて、夏五の胸をひどく痛めました。
夏五は天水輪をにらみ見すえました。
「天水輪! 天水輪! 僕は、……僕はなんてばかやろーなんだろ……ちくしょう! ばかー! ばかー!」
星が空いっぱいに広がって、夏五を見つめていました。
月が、世界に金光をふりまき、夏五を見守っていました。
天水輪の青色三つの瞳は、この世の最も高いところから、宇宙を従え、夏五に信号を送りつづけました——。
(…………)
やがて、夏五の瞳は、星々や月をその中へおさめ、大きく正しく見開かれます。
夏五の心中は、月や星の光に反応するかのように、浴びれば浴びるほど、より苦しく力強く、花鈴でいっぱいになります。
夏五の心根は、ぴったりと天水輪と重なりました。
……夏五は、宇宙の王となって、小さな自分自身と出会ったのです。なすべきことを悟ったのです。
たまらず、夏五は叫びます。
「花鈴が好きだ! おかっぱでちびの花鈴が好きだー!! 天水輪、僕は本当に、あの小さな女の子が好きなんだからな!!」
夏五は、せきを切って走り出しました。天水輪の丘を一陣の風となって駆け下り、水田を巨人となってひとまたぎし、林の木々をばさばさ揺らして、小さな我が家へと帰っていきました。
明日、自分がすべきことを、しっかり胸に抱きながら。
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