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 約十秒間、一本のトランペットがプレイ再開直前の静謐な空気を震わせる。伴奏も通奏低音もなく、主旋律しかない演奏には、球場全体に響き渡るような音の大きさがない代わり、力強さが備わっていた。力の差に打ちのめされていたさっきまでの自分に恥じ入るほど、応援席から聞こえる音楽には迷いがなかった。  矢沢が打席に入り、プレイ再開が告げられる。初球がストライクになる。  その直後に演奏が再開される。聞こえてきた楽曲には、やはり一本のトランペットしか参加していない。  氷水で冷やしたタオルで汗に濡れた顔をぬぐうと、試合中なのを忘れて気持ちが安らいだ。ずっとのぼせたようだった頭も冴えを取り戻す。  額を冷やしながら、俊也は三塁側の応援席を眺めた。相手の攻撃中は声援を送るぐらいの控え目な応援に留めている彼らは、向かい側を面白がるような眼差しだった。隣同士で囁き合うような素振りを見せる女子生徒たちのところへ飛んでいって、何がおかしいのかと怒鳴りつけてやりたくなる。
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