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 それぞれ守備につく準備をしてグラウンドに散っていく。マウンドへ駆け上がった俊也は、一塁側の応援席を振り仰いだ。  応援の権利を相手に譲り、椅子に腰を下ろした彼は膝にトランペットを乗せてじっとグラウンドを見つめている。その背後にも周囲にも人の姿はない。南原高校野球部の初戦を応援しようと来てくれたのは、本当に小端大介一人であった。  相手のバッターが打席に入り、球審が高い声でプレイをコールする。待ちわびたように三塁側からはブラスバンドの演奏が始まる。さすがに大介一人の演奏とは比べものにならない迫力がある。偶然だろうが、曲目は大介が演奏したものとほとんど同じだった。  伊藤の出すサインを読み取る直前、俊也は大介を見遣った。  自分が大介の立場なら、と思った。トランペットを上手く吹くことができても、人数も迫力も足りない状況に臆して最後まで演奏ができないかもしれない。まして試合も劣勢だ。初回から四点差をつけられた上、攻撃においては良いところがない。応援に嫌気が差しても仕方ない。  大介が睨んだ気がした。
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