幕間 第1話 グランシス商会の荷馬車

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幕間 第1話 グランシス商会の荷馬車

 グランシス商会。  この商会にとっての主な活動エリアは、≪教会騎士団国家≫である。  主戦場をどこにするか、ただそれだけを考えてきたグランシス商会は、今では≪教会騎士団国家≫のあちこちに支店を設けている。  その甲斐あってか、グランシス商会は≪教会騎士団国家≫内に於ける各国や、各町の御用商人としての立場を得ていた。  だが、グランシス商会の本店では、今日酷く混乱していたのである。 「パレテタウン支店が手形不渡りを出さないよう、何としてでも、期日に間に合うようこの資金を届けるのだ」  と、グランシス商会の当主が言った。  その相手は、グランシス商会の輸送部第一課長だ。  輸送部第一課は、輸送部の業務の中でも特に重要な業務を取り扱う部署であり、課員の全員が元兵士か元傭兵、或いは元冒険者だったりする。  つまり戦闘訓練か戦闘経験を積んでいる者たちで構成されているわけだ。 「かしこまりました。【パレテナ王国】には賊がよく出没していると聞きます。しかし、仮に賊に襲われても我々が追い払うまでです」  そう輸送部第一課長が言う。  本来なら、さらに護衛として現役の冒険者や、傭兵が付くはずなのだが、どういうわけか【アリバナ王国】には手の空いている冒険者や傭兵は誰1人としていなかった。  どうにかしてグランシス商会当主が自ら手配した護衛は、教会騎士1名のみある。 「ああ。こういう状況でなければ、第二課あたりに任せるのだが、やむを得ない。とにかく頼んだぞ! 」  そして、輸送部第一課の面々は荷馬車を引き、出発する。  さて、グランシス商会本店での様子を、≪とある位置≫から窺う者がいる。数こそ1人だが、その眼は、強い恨みに満ちていたのであった。  ※  グランシス商会輸送部第一課が引く荷馬車は、【アリバナ王国】の王都アリバナシティを出発し、ただひたすら東ムーシの町を目指して進んでいた。  荷馬車を含めて3台の馬車によって馬車列が為されている。先頭を行くのが第1課長を乗せた馬車であり、第一課の中でも武闘派で占めれているのだ。後尾の馬車には、教会騎士1名と複数の課員を乗せている。そして、先頭と後尾の馬車から守られるように進んでいるのが、グランシス商会の資金を積んでいる荷馬車であった。  馬車列は、順調に進む。  まさか、何かのアクシデントに見舞われるなどとは思いもしない程にだ。 「良いか? 警戒は怠るなよ」  第一課長がそう言った。  いかに順調に旅路が進んでいても、決して油断してはならないと、檄を飛ばしたわけである。  だが、これは先頭の馬車だけの話だった。  荷馬車と後尾の馬車は、御者以外、教会騎士も含めた全員が居眠りをしてしまうという、情けない事態に陥っていたのだ。教会騎士はともかく他の輸送部第一課の者たちは、馬車での移動に慣れていないわけはない。  どうして、このようにして眠ってしまったのかと言えば、その理由はとてもシンプルだった。 「睡魔魔法をかけられた程度で、直ぐに眠ってしまうとは。やはり魔法は良いものですね」  そう呟くのは、荷馬車の御者である。彼は、グランシス商会のパレテナタウン支店、その輸送課御者係の係長を務めている人物であった。  その立場にあるにも関わらず、一体何をしているのだと、そう思う者もいるかもしれない。しかし彼は、グランシス商会を強く恨んでいた。恨んでいたからこそ、信頼されるために日々の業務に従事して、そして今の立場を得たのである。  全ては、復讐を完遂するために。 「遅効性の睡魔魔法。一体誰が考案したのか知らないですけど、感謝いたします」  彼が睡魔魔法をかけたのは、王都アリバナシティである。  遅効性の睡魔魔法をかけたのであった。 「そろそろ、後尾の御者も眠ることでしょうかね」  用意周到に、それぞれが眠る時間を調整したのだ。  まもなく、馬車列は十字路に差し掛かっていた。  そして、荷馬車は十字路を左折する。  既にこの時、後尾に位置してた馬車の姿はなかった。荷馬車が左折したことに気がついたのは、当然ながら先頭を進む馬車に乗る者たちだけだある。しかし、荷馬車が左折したことに気づいても、先頭の馬車は直ぐにUターンできない。  何せ馬車なのだ。 「くそ! どうして左折したんだ。俺はこの足で追いかける。お前らは御者にUターンするよう伝えろ」  第一課長は、1人で馬車を降り、そして全速力で走り、荷馬車を追いかけたのであった。  しかし、荷馬車の御者である御者係長も必死なのだ。彼は馬をひたすら酷使して、全速力で荷馬車を移動させていたのである。死をも覚悟した彼に、第一課長は叶うまい。  結局のところ、輸送部第一課は荷馬車を見失い、そしてパレテナタウン支店は手形不渡りを出すのであった。  ところで後日のことだが、パレテナタウン支店長の印鑑が押されている手形を、勝手に振り出した人物がいたことが判明する。  しかし、復讐を遂行しようとする者にとっては、それはとても些細なことであった。
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