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両親
真夜中の一時くらいに実家へ到着した。
父は起きて待ってくれていたものの、ちゃぶ台の上にあったのは酒とつまみ。予想通り、ろくに食事を取っていない様子だった。
「父さん、五年前と同じじゃん。飯買ってきたから食え」
「ああ。お腹空いとらんから、いい」
「ダメだって。父さんまで倒れちゃ困るからさ」
少しだけでもご飯を食べられた父に一安心し、コタツで寝てしまった父を布団まで担いでいった。やせ細り小さくなった背中に布団をかける。
次の日、医師から詳しい説明があると父から聞き、僕も一緒に母の入院先を訪れた。四人部屋の窓側のベッドに母の姿が見える。僕に気づいた母はいつもと同じ平然とした姿で、こちらに手を振ってきた。
「大袈裟なのよ、お父さんは」
「そうなの?」
「そうよ。何度か調子が悪いと倒れちゃってたんだけど、ぜんぜん平気だから」
「え、以前から調子悪かったの?」
「まあね。だけど入院すると、いっつもお父さん見舞いに来てここで寝てるだけなのよ。だから早く退院させてもらってただけ」
そうかあ、知らなかった。五年経ったというのにまだ体調は本調子ではなかったのか。僕は少し焦りながらも再発していないと信じて、これは後遺症の一種なのだと自分に言い聞かせた。そこへ担当医の先生が僕を呼ぶ。
「お母さんから聞いたよ。一番君が分かりそうだから、ちょっとこちらへ」
父ではダメだと思った医師は、敢えて僕を指名してきた。僕も医療従事者だと言うことを母から聞いていたらしい。
「端的に言いますと、膵臓に腫瘤がありまして、どうやら大動脈を巻き込んでいるようなんです」
画像を見ながら説明を受ける。確かに動脈浸潤がありそうな像だ。
「でも五年前から転移はないと……」
「ええ、確かに胸部までは」
「え? お腹診てなかったんですか?」
そこまで言うと、喉のガンの治療はこの病院ではないから知らないと返事が返ってきた。確かにそうだけれども、腹部臓器への転移の有無を診ていなかったなんてあり得ない。
「ただひとう言えるのは、これは転移じゃなくて原発だと言うこと。不幸にも喉とは別に膵臓にも原発があったと言うわけなんです」
「はあ」
「手術は不可能、そのうえ血液データもよろしくなくて。抗ガン剤がどこまで通用するか」
「母は知ってるんですか?」
「はい。看護師さんだけあっていろいろお詳しく。お父様は理解できていないようでしたが」
「そうですか。では、母の望むような治療でお願いします」
担当医に頭を下げて僕は静かに母のもとへと戻った。
父は相変わらず椅子に座りベッドに伏せるような姿勢で寝ている。そんな父の頭を母は優しく撫でていた。
「バレちゃった?」
母が呆けた顔をして訊いてきた。
「うん。そうだったら、そうと早く教えてくれよ」と少し怒った口調で答える。
「あんたに教えてどうなんのよ。それよりお父さんを頼んだわよ」
「わかった」
「あと……あの薬効くかなあ? 今度メールでいいから教えてよ」
「最近の薬ってなかなかいいみたいだから、効くんじゃねえの。辛いだろうけど諦めずに全クールやってよね」
「はいはい」
もうずいぶん前から覚悟が出来ているような落ち着いた顔だ。母はいつも強いなあと感心していたけれど、この姿を見て改めてそう思った。
そして母から「父を連れてとっとと帰れ」と言われので、父を起こして病室を出た。エレベーターに乗った僕たちはそのまま一階のロビーまで行き、父に一旦座らせ、担当医の説明を分かりやすく話した。元気のない父は曖昧な返事を漏らしながら何度も頷いて僕の話を聞いている。
「膵ガンはもって半年。早いと三か月くらいかもしれん」
「それは本当か?」
「ああ。あとは抗ガン剤が効くのを祈るしかねえな」
動揺している父に対して洗いざらい病状を説明した。よりによって一人の人間にふたつも重いガンを渡してきた神様に怒りさえ覚えるほどに、僕も悔しさを抑えながら。
どうしても母をガンで殺したいんか?
僕は医療従事者なのに何もできんのが悔しい!
そんなことを思い続けていると、父がふと訳の分からない話をしてきた。
「お母さん、本当は俺を好きじゃないかもしれへん」
「え?」
「なんか浮気してそうなんだ。元カレと」
「え? いったい何十年前の……」
「メールの宛名がチラッと見えた」
「はあ? 馬鹿じゃないの。メールくらいいいじゃん」
「いや。もう俺、好かれてないんだあ」
母がもう治らない病気で苦しんでいるというのに、この父親はなんなんだと情けなくなってきたと同時に、こんな年齢にもなって、まだ好き嫌いに拘っている父が可愛いらしくも見えてきた。もうそんな心情などこの夫婦にはないものだと思っていたのに、本当に父は母が大好きなんだなあ。
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