7人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
騒音
母が通院するようになってから、僕も週末できるだけ実家に帰るようにした。平日は妹に父の様子を見てもらい、兄妹で両親を見守る。
日中とても穏やかな母は全然病人には見えず、膵ガンと告知されたのが噓のようだった。
「ちゃんと抗ガン剤治療やってる?」
「うん。まあね。この前、白血球少なくてダメだったけど、今度はきっと大丈夫よ」
明るく答える母だったけれど、実際は治療一クールもまともに続いていないようだった。確実に病魔は進行している。なのに母は弱音を漏らさない強い人だった。
それと比べると父は本当に情けない。暇があれば「浮気だ」とか「愛想疲れた」とか僕の前で小言を漏らし、母の病気と向き合っていないような気がした。
そんな夜、隣の部屋で母が一人鼻歌を歌いながらパソコンの前でメールを打っている音が聞こえた。煙草と酒を愛する父の相手をしているよりもどこか楽しそう。
そして暫くするとラジオの音が。それも隣にガンガン響くくらい大きな音で聞いている。まるで騒音のように。
僕は初め「母も耳が遠くなったもんだ」と思い、気にせず寝ようと思ったのだが、真夜中になってもまだラジオの音が響いている。消し忘れて寝てしまったのなら僕が消してあげようと重い体を起こすと、何やら鼻を啜る音が。
母が泣いている。
直感で僕はそう思った。普段あんなに凛として弱音を吐かない母親が、ラジオの音で嗚咽を打ち消している。死を目の前にして母も怯えていたんだとその時はじめて気づいた。こんな夜を毎日過ごしているのかと思うとやるせない気持ちになってくるけど、僕からそんなことは言えない。いつものように母と過ごすのがきっと母にとっての希望だから。
最初のコメントを投稿しよう!