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はっと目を覚ますと自分のベッドの上で、夜は静かに明けていた。よく認識できない、混沌とした嫌な夢を見ていた。早朝の澄ました日差しが遮光カーテンの隙間から俺の頬に注ぐ。光の筋をなぞるように指先で触れると、乾いた涙のあとがざらざらと伝わった。
朝は辛い。覚醒と眠りの間をふらつく意識は容赦なくあの日のことを俺の目の前まで引きずり出してくる。本当はそれもすべて投げ出して眠ってしまいたいのに、俺の1日と同じようにつばさの1日も始まるのだと思うと、逃げることなんてできなかった。つばさの意識のない間、俺がつばさの1日も背負いたかった。あの日から、変わり果てた親友の毎日を。
あの日―――つばさが事故に遭った日から3日が経った。その日は俺とつばさが喧嘩をした日でもあった。つばさは永瀬さんと雑誌のインタビューがあったから、もともと俺は先に帰る予定だった。でもやっぱりどうしても謝ってちゃんと話がしたくて、つばさにメッセージを送った。神社の境内で待っている、と。つばさは既読だけつけて、返信は返してこなかったから来るか来ないかもわからなかったし、さすがに寒くなって18時頃、神社を離れて近所のコンビニに行った。つばさの分も温かいコーヒーを買って、急いで神社に戻った。石段の目の前の短い横断歩道の手前10メートルくらいにさしかかったとき、長い石段からつばさが降りてくるのが見えた。俺を見て、いたずらっぽくにっこり笑った顔が石段の灯にぼうっと照らされて、綺麗だったのを覚えている。俺も微笑み返して手を上げると、彼は2段飛ばしで石段を下まで降りてきて、そのまま横断歩道に飛び出した。真っ白い厚手のトレーナーと、青いジーンズ、黒のスニーカーで、アスファルトを蹴る姿はまるでゴムまりみたいに身軽だった。その次の瞬間、ワゴン車が右から突っ込んできた。
彼がそのときどういう表情をしていたのか、全く覚えていない。明るすぎるライトが突然火を噴くように光って、つばさの細い体を横殴りにぶっ飛ばしていった。一瞬彼の体がふわりと横向きに浮き上がって、俺の視界から消えた。一瞬遅れて、何かが爆発するような鈍い音が聞こえた。それから、音が消えた。そして暗闇が訪れた。
次に俺が我に返ったのは、立ち尽くす俺の横を黒いワゴン車が走り抜けていったときだった。つばさをはねた運転手は、運転席から降りもせず、走り去っていった。俺が慌ててつばさが飛ばされていった方に向かうと、道の先、暗闇の中うっすら見えるところに、白とも赤とも茶色ともつかないぼろ雑巾みたいな塊が落ちていて、それがつばさだった。
「つばさ・・・」
かさかさに乾いた声で横断歩道のところからつばさを呼んだ。周りの住宅からぞろぞろと人が出てきて、つばさをみて口々に悲鳴を上げた。
そこからどうしたのか、覚えていない。つばさの姿を見たかどうかもわからない。ただ、腕があり得ない方向に曲がった、白い頬にえぐれたみたいな傷のある、汚れた服を着たつばさが血だまりの中に眠っている絵だけが雑誌の撮影の1カットみたいに脳みその裏側にこびりついていた。
重い体にムチを打ち、起き出して服を着替える。洗面所の鏡に映るひどい顔の自分を嘲るように笑う。それが今の自分にはお似合いだと思った。心配した母親が朝食をとるように強く勧めたけれど、俺はただ首を横に振り、家を出た。今、つばさは何も食べられないのに俺が食べるのは間違っている。矛盾している?そうだろうか。そもそも自分が無事であるということ自体が間違っていると思っているのに。横断歩道に飛び出したのは、ワゴン車に轢かれたのは、なぜ俺じゃなくてつばさだったんだろう。理解できない。
しびれたような頭で着込んだ制服からは冬の匂いがした。昨日、おととい、その前の空気すらも流れずにブレザーの肩の上に積もっているような気がした。そして今日の空気もその上に重ねていくのだ。
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