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 「そういえば、ありがとう」  「は?」  「今日の、1場のダンスの時。あれ、わざとだろ」  りくは俺のために、とは言わなかったが、つばさには十分通じたらしかった。りくの漕ぐ自転車の後ろで、彼がふんと鼻を鳴らすのがかすかに響いた。稽古の帰り道、真冬の夜を切り裂くように疾走する自転車にまたがる2人の体は冷え切っていたが、ふたりの手と背が触れ合っているその場所だけはふんわりと温かい。  「集中してない奴が多かったからちょっとびびらせてやっただけ」  「そう?でもあそこでつばさが転ばなかったら、多分俺また怒られてた。ありがとう」  「ありがとう、じゃねえ。お前振り覚え遅すぎ。動き雑すぎ。お前のダンスが下手すぎて皆の集中力が切れるって、相当だと思うぜ」  つばさは自転車の後ろで、りくに向かって容赦なくそう言い放った。彼の遠慮ないダメだしに幼い頃から慣れているりくは、苦笑いを浮かべながらモゴモゴと言葉を濁す。黙っていたら女の子のように可愛らしい、ある種の神々しささえ感じる美貌なのに、口を開けば自信過剰で生意気でまるっきり嫌な奴。幼い頃から変わらないな、とりくは思う。こんな性格だからか、りくはつばさの友人というのを自分以外見たことがなかった。しかし今日のように自分のミスをかばってくれたりすることも今まで何度もあった。本当の嫌な奴ではないということもまたりくはよく知っていた。  「大体、ジョバンニのことからかう子どもの役なのに、肝心のジョバンニよりダンスが下手って致命的だろ。練習しろ」  「わかってるよ。でもつばささあ、本当にダンス上手くなったね。何かつばさじゃなくてジョバンニが踊ってるって感じがすごくするもん」  「は?うまくなった?俺はお前と会う前から既にダンスうまいの」  「・・・あー、そうだったね。確かに最初のオーディションのときにもう既に完璧に踊ってた」  自転車は坂にさしかかり、りくは息を切らしながら立ちこぎをする。さっきまであんなに寒かったのに、背中にうっすらと汗が滲むのを感じた。後ろに乗るつばさも、落ちないようにりくの腰にしっかりと手を回す。  「本当・・・でも昔っから生意気で・・・友達いないところも、変わってないよ」  「息切らしながら言うことかよ」  「初めて会ったのが・・・もう10年前か!10歳のつばさは今よりさらにかわいかったけど・・・、はあ、きついこの坂、この坂のきつさもつばさの性格のきつさもかわって、ないよ」  「うるせー、上手いこと言ったつもりか?つまんねーんだよ、つーかお前のぼんやりした性格も変わってねーだろ」  坂をようやく上り切り、りくは大きく息を吸って呼吸を整えた。その背中に、つばさのおでこがぽす、と触れた。  「あったかい」  唐突に聞こえた無邪気で、でも照れたようなぶっきらぼうな声は、さっきまでマシンガンのように憎まれ口を連発していた人と同じとは到底思えず、りくは思わず息を呑み、それからただ前を見たまま頷いた。
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