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 「あっ、今日も寄っていっていい?」  つばさの返事を聞く前に、りくはいつも立ち寄る神社の前で自転車を止めた。  「またかよー、寒いんだけど」  「文句あるなら先に帰りなよ」  りくは渋々自転車から降りるつばさを目の端で捉えてから、神社の石段を軽く上がった。この神社に立ち寄るのは、りくが8歳で今の芸能事務所に入ったときからの習慣だった。つばさとオーディションで出会ったその日も、会場に行く前に母に連れられてこの神社にお参りに来た。その頃、まだ街でスカウトされたというだけの素人のりくには、まだ芸能活動に仕事という概念はなく、習い事が増えた、くらいのスタンスだった。だからこの神社でも友達ができますようにとか、そんなことをお願いしたのだろうと思う。その結果こんな悪友を釣ってしまったわけだが、一応叶えてくれたのだからここの神様のご利益は相当なものだろうと彼は信じていた。石段の最上段に立ち、だらだらした素振りで上がってくるつばさを見下ろしながら、りくはオーディションでつばさをみたときの衝撃を思い出していた。  紺色無地の厚手のトレーナーの襟元から、白のレースのシャツを覗かせた彼は見事に中性的で、色が透けるように白いのも手伝って人間じゃないみたいだった。天使が紛れ込んでいる、そう思わせるほどの可憐な見た目に大人たちも息を呑んでいるのがわかった。  『すみかわつばさ、10歳です。よろしくお願いします』  見た目の次にそのハリのある声に驚き、それから見せた実技のレベルの高さに驚いた。彼のする動作はひとつひとつが丁寧で、堂々としていた。周囲を圧巻したにもかかわらず、休憩時間に寄ってきた友人たちを『うるさい、散れ』と子どもらしくないセリフで追っ払ったことにも驚いた。彼を見て己のレベルを知ったりくは自信をなくし、そのあとのオーディションも散々な出来だったわけだが、どういうわけかつばさとりく、2人だけが合格した。  帰る直前、これからよろしくね、と挨拶をしたりくに、つばさは鼻を鳴らして勝ち誇ったように言った。  『俺はつばさで、おまえはりく。俺は空飛べるけど、りくは地面って意味だろ。床に寝とけよ』  そう言い捨てて勝ち誇ったように笑うと、つばさはダッフルコートの前を閉めてひとりで会場を出て行った。今考えると、なぜ初対面でそんなことを言う奴と友達になれたのか定かではないが、やはり彼の美しさとプロ意識に子どもながらに圧倒されたのだろう、と思う。彼が1歳に満たない頃から子役で、何かの事情で事務所を移籍してきたのだと言うことを知るのは、もう少し後になってからだ。あのオーディション会場に立った時点で、もうつばさとりくのキャリアにはほぼ10年近い差がついていたわけだが、なぜだか馬が合い、同じ目線で話せる今日に至る。相変わらず技能面ではつばさに遠く及ばないとりくは今でも思っているけれど。  ぼんやりした神社の夜間灯に照らされながら、つばさが石段を上がってくる。まるでスポットライトに照らされているようだ。彼は影も光も味方につける。歩くたびに足元でかさかさ鳴る落ち葉も、その美しさを噂しているようだ。今日の服装は彼のお気に入りの紫のだぼっとしたトレーナーにブルゾンを羽織ったやんちゃな格好だったが、変わらず美しかった。この美しさは成長の途中で自然と備わってきたものではなく、気を抜かずに自分を磨き続ける彼の生き方によるものだと、りくはしっかりと納得していた。だから、羨望はないと言ったら嘘になるけれど、嫉妬は全くない。  「はい、おまたせ」  心底だるそうにそう言ってりくの腕に触れたつばさに、嬉しくなって笑い返すと、彼もまた呆れたように笑った。それがまた嬉しくて、2人は腕に触れあったままはしゃぎながら鳥居をくぐった。  
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