16人が本棚に入れています
本棚に追加
りくが本堂の前で手を合わせている間、つばさは御手洗の柱にもたれて所在なさげに夜空を見上げていた。冬の夜空は雲ひとつなく、都心から少し外れた静謐な境内からは、星が綺麗に見えた。つばさは目がいいことが自慢のひとつで、星ひとつひとつをくっきりと見分けることができた。もっとも星座に興味がないために、どれがどの星座かは全くわからなかったが。
つばさは生まれてこの方、神に何かを祈ったことはなかった。無神論者というほど確固たる思想があるわけではないが、何となく目に見えないものの存在が信じられなかった。いや、信じてはいけないと思っていたというほうが正しいかも知れない。自分の人生の責任は自分にあるのだから、チャンスはツキが来るのを待つのではなくて、自分でつかみに行くものだと思っていた。でも親友は、何かことあるごとにこの神社に立ち寄っては祈り、オーディション会場や舞台袖で手を合わせて祈り、と神と常に共にあるような男だった。しかし、不思議とうっとおしく思うことはなく、その無邪気な祈りをまたやってるよ、と聞き流すことができた。
星を見上げる彼のもとに、満足そうな表情をしたりくが戻ってきた。柱から身を起こしながら尋ねる。
「何お願いしたの?」
「ん?いつも通りだよ。この公演が成功しますように、って」
「それ願うの早くない?まだ1ヶ月以上あるのに」
「もう1ヶ月しかないってことだよ」
「生意気なこと言うなよ・・・そんなに気合い入ってんなら、お守りとか買えば」
「いや、お守りは何て言うか、もうちょっとここぞ、って時にとっておきたいんだよね」
「なんだそれ、わかんねー。毎回毎回がここぞ、だろ」
軽口を叩きながら降りる石段は、1人で進んだ登りよりもはるかに短く感じた。
最初のコメントを投稿しよう!