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「また今日もよく飲みましたねえ」
翼は俺の肩を支えるように腕を回し、どこか楽しげにそう言った。真夜中、郊外の街に吹く風は冷たく、どこか白々しい。いい歳してだらしない自分を軽蔑しているように思えてばつが悪かった。仕方ないだろう。世間の型にはまるふりをしてもまだ上手くいかない自分に苛立っても、吐き捨てる場所などどこにもないのだから。タクシーが立ち去ったあとの暗い道を、翼に支えられながら歩く。胸の中に水が満ちてくる。
うつろな思考に支配されているうちに、マンションのエレベーターの前に着いた。煌々と灯ったエントランスの灯のもとに真っ直ぐ立つ翼の白い肌が眩しく目に映った。彼は酒で少しほてった頬をして、神妙な表情を浮かべてエレベーターの階数表示を見つめていた。心ここにあらず、というようなその表情が馬鹿みたいな白熱灯に照らされて、ゆらゆら揺らいでいるように見えた。白い肌と世界の境目が滲んで見える。俺は思わず縋るように彼に抱きついた。
「うわっ、びっくりした・・・」
彼はそう小さく呟いたが、それ以上は何も言わずただ抱かれたまま、エレベーターが来るのを待っていた。彼の服に鼻をつけると、先ほどいた下品な店の臭いの隙間から瑞々しい甘い香りがしみ出してくる。ぎゅっと力を込めて抱きしめると、ニット越しに透き通るような薄い肌や細い骨の感触が自分の醜い体に伝わって、胸がキリキリと痛み出す。
「早く、エレベーター来ないかな」
かすれた小さな声がして、俺の肩甲骨に触れていた手がきゅっと握られた。
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