事故。

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事故。

 夜、寂しいT字路で彼が交通事故にあった。  あたしの目の前で白い乗用車に轢かれたのだ。  あたしは急いで119番して立ち会って、警察との話もそこそこに一緒の救急車に乗って病院に向かった。  もちろん、あたしのスマホに登録されている彼の両親の携帯にも事故の一報を入れた。  両親はすぐ来た。  警察も当時の状況を聞くためにやって来た。  (じか)に初めて合うご両親にあたしは気が気でなくなりながらも、なんとかしどろもどろに挨拶を済ませ、警察からの質問にも(こた)えて、彼が頭をヒドく打っているとの先生からの説明も聞いた。  手術は無事成功したとのことだった。  そして集中治療室に入ったままの昏睡状態の彼にガラス越しで面会を済ませ、今日のところは夜も遅いからと両親に(うなが)されて帰った。  それから毎日病院に通った。  同じように毎日面会に来ていたご両親にも当然顔をあわせた。話は弾んだ。  でも、彼は昏睡したままだった。  十日後。  彼の両親から、彼が目を覚ましたとの連絡を受けた。  良かった!  あたしは柄にもなく、病院の裏手のホテルの一室で大いにはしゃいだ。  そして、彼とのいろいろな思い出が鮮やかな色彩を伴って脳裏に(よみがえ)った。  はじめて出逢ったコンビニ。  あたしが店員であなたが客。  幾度か交わした商品のやり取りから生まれる、(あたた)かな弁当を挟んだ短い会話。  いつしかあなたは、あたしが居る時間を狙って来てくれるようになった。  そして不意に手渡された彼の連絡先と住所が書かれた分割可能な紙。  慌てたあたしは、誰にも気付かれないように自然な振りをしてバックヤードにまわり撮った。  そして交際が始まった。  あたし達はいろいろなところにデートにいった。  定番の映画館や喫茶店にファミレス。それにプラモデルが大好きな彼の行きつけの模型屋さん。  そっとあなたの後ろに従い、ついていくのが楽しかった。  意外と流行りものや新製品に目がないあなたの可愛さに、あたしはキュンキュンしたのを、今でもハッキリとした感覚で覚えてる。  ついには、彼の家にも幾度かお呼ばれした。  彼の寝息を間近で聴きながら一晩そばにいれたのは、とても幸せなひとときだった。  そんな嬉しい思い出を胸に、あたしは病院の直接面会可能な集中治療室に飛び込んだ。 「あなた。誰、ですか?」  酸素呼吸器をつけた、あなたからのあたしへの第一声はこんな感じだった。  御両親と先生から事前に聞かされていた通り、彼はここ最近の想い出をすべて喪っていた。  記憶喪失だった。  だからあたしは、スゴく可愛い笑顔でこうあなたに伝えるのだ。 「はじめまして!あなたの彼女です!」  と、  あたしが警察に逮捕されたのは、病院を出てすぐの歩道の上だった。  罪状は家庭用防犯カメラから判明した【走行中の車があると知りながら、路上を歩く見ず知らずの男性を突き飛ばした罪】  これに捜査の結果判明した【男性への長期に渡るストーカー行為】と、【男性の払込書から得た電話番号と住所の不正所持】に、【男性宅に不法侵入した際に得た両親の携帯番号や住所の不正所持もあわせた個人情報保護法違反および不法侵入罪】も、あとから付け加えられた。  警察は、彼の恋人を自称するあたしの、事故があったにも関わらず常に冷静な態度を示していた様子から疑念を抱き、捜査を始めたと言った。  その上で警察は、なぜ彼の部屋の物品を盗らなかったのか?とも聞いてきた。  あたしはキョトンとした。  えっ、事故対応なら冷静に対処するのが一般常識でしょ?そう社会人として当たり前の受け答えをして、物品については、彼との共有財産をわざわざ盗る必要性がどこにありますか?と普通に応じた。  ついで狭い部屋(取り調べ室)や法廷で様々な見知らぬ人々が口々に質問してくる内容や、反省の言葉はないかとかも聞かれたが、てんで、あたしには問われる理由がわからなかった。  終始意味不明だった。  そうだ。そんなどうでも良いことよりも、この、しばらく外出させてくれない集団生活をする奇妙な会社(刑務所)から退社したら、真っ先に元気になった彼のもとに遊びに行こう。  こうしてあたしは毎日毎日、彼の喜ぶ顔を思い浮かべワクワクしながら、 「愛してる」  そう夜ごと、狭い布団で愛を叶える呪文をつぶやき、あたしからあなたへの愛情を込めた大切なプレゼント。  ともに一緒に暮らす夢みたいに楽しい毎日を、“動かなくなったあなた”にさせてあげるのだ。  お(しま)い。  
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