第一話「起動」

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 赤務警察本署。  臨時の執務室内、デスクにつくのはひとりの男だった。  彼は砂目充(すなめあたる)。米国に本部をかまえる組織〝ファイア〟の日本支部、捜査一課の課長だ。  特殊情報捜査執行局(Feature Intelligence Research Enforcement)の単語の頭文字よっつをとって、Fire(ファイア)。その組織名、構成員、活動内容等は、けっして社会の明るみにでることはない。簡単にいえば、ふつうの組織の手に余るおかしな事件、事故等の処理を専門的に行なっている。  あの場所やあの場所に墜落したあんな地球外の物体の後始末、あの寒村やあの大型船舶で起こった人間の大規模失踪の原因、そして無関係な人物に狙撃手の濡れ衣を着せて一応決着したあの要人の暗殺。その他、教科書にでてくる歴史の局面では、ファイアのからんでいない事件を探すほうが難しい。そのように意図的に痕跡を残して真実から世間の目をあざむいたケースなどまだかわいいほうで、うしろめたい活動記録のほとんどはだれも知らない闇にいまだ葬られたままだ。  大昔から組織は、つねに現実の裏側から世界を監視し、正常な公的機関を操っている。  今回もまた、砂目を筆頭としたチームは緊急で赤務市に集められ、警察署の一室を借りて捜査にあたることになった。表向きは警察のサポート&アドバイス等だが、真実はとうぜん違う。  組織が捜査官(エージェント)たちに指示を下した。その現象そのものが、どこか近くで世界の異常が起こっていることを意味する。本腰をいれて動き始めた闇の政府組織の前では、警察もただのお茶汲み係でしかない。  砂目の腰掛けたデスクには、パソコンのモニターがあった。それぞれ表示を分割させた画面内には、エージェント三名の顔が映っている。会議はいまも進行中だ。  砂目は画面に呼びかけた。 「タイプ(パーティション)、パーテ。少年少女四名の取り調べの進捗は?」 〈おう。さいきんの若い連中ときたら、どうしてこう活気ってもんがないのかねえ。まるでゲームの世界に魂を置いてきた抜け殻だ。砂目のだんなも、溜まったもんはちゃんと発散できてるか? 若いんだからさ、な?〉  胴間声で豪快に笑ったのは、タイプPと呼ばれた男だ。着込んだスーツが今にもはちきれそうな巨漢であることは、画面越しにでもわかる。なれなれしい言葉遣いの部下を、砂目は咳払いでいなした。 「大きなお世話だ。次、タイプ(ソード)黒野美湖(くろのみこ)。現場への道中、とくに問題はないな?」 〈はい〉  無感情な声で返事をしたのは、自動車を運転中と思われるミコだった。現在はある事件現場へ急行しているところだが、あいかわらずその挙動に人間らしさはない。まるで事故実験を行う車内に座らされた原寸大の人形のようだ。顎の下で手を組んだまま、砂目はうなずいた。 「よろしい」  パーテ、ミコ、それから。三人めのエージェントの姿に視線を移したあたりから、砂目の眉間には不穏なしわが寄り始めている。先日の駐車場で負ったケガのせいで絆創膏だらけのその横顔を指差し、砂目は首を横に振った。 「いや、よろしくない。ミコ、となりで居眠りしている危機感ゼロのそいつ〝黒の手(ミイヴルス)〟を叩き起こせ。いますぐにだ」 〈わかりました。ヒデト、ヒデト〉  助手席の人物の肩を、ミコは片手でちいさく揺らした。砂目が見守る別の画面かつミコと同じ空間内で、ヒデトはなにか寝言をもらして寝返りをうっただけだ。これっぽっちも起きる気配はない。これも別の画面から、助言したのはパーテだ。 〈どうだ妹よ。ここはひとつ目覚めのキスでもしてやれ。また車のフロントガラスをぶち抜く勢いで飛び起きるぞ〉 〈わかりました。車を路肩に止め、実行します〉 「もういい。時間と電力のムダだ。ミコ、AI内の電子議事録への記録を。目的地についたあと、褪奈には電子書面と口頭ですみずみまで会議の内容を読ませろ。書面にはきちんと本人確認印とサインを行い、定刻までに私へ提出させること。いいな?」 〈わかりました〉  鼻息をついて血圧をおさえると、砂目は本題を切り出した。 「組織は本件を〝セレファイス〟事件と暫定的に命名した。この一見なんの変哲もないゲーム端末が若者たちを暴走させる事件の発生は、今月に入って我々が把握しているだけでも計六回にのぼる。最初の四回は〝パーティを組んでいた〟という若者グループによる無関係な一般市民への暴行。これはゲーム機を通した視界から、若者たちがなんらかの精神汚染(マインドコントロール)を受けていたことが調査によりわかっている。問題は、あとの二回だ。パーテ?」 〈取り調べの結果は、残念だが前と同じだ。ガキども、口をそろえて〝ただゲームをやってただけ〟としか答えねえ。ミコが叩き斬ったっていう鎧も、ゼガ社がゲームセンターに期間限定で貸し出してた宣伝用の飾り物だ。げんに騎士の鎧よっつは、もとあった場所からきれいに消えちまってる〉 「今回のひとつ前の事件では、若者がまとった剣と鎧は明らかな模造品だった。だが今回は違う。ただのプラスチックにしかすぎない武器と防具には、なぜか本物と同じ鋭さと硬さが宿っていた。最初から本物だったのか、それとも後から偽物と入れ替わりで本物が〝召喚〟されたか。ミコ、凶器の材質の鑑定結果は?」 〈はい。この世界に存在するありとあらゆる物質と照合しましたが、該当はなし。今回使われた武器と鎧は、異世界のものと考えて間違いありません。とくに、未知の呪力の痕跡がもっとも多く検出されたのは、鎧の兜のバイザーにあたる部分です〉 「その部分に、若者たちを洗脳し、あまつさえ人体の能力限界を超えて鎧を動かしたなにかがあった。異世界のなにかが。それはただゲームで遊んでいただけの若者たちを、いつの間にか現実と異世界のはざまへ誘導し、魔物を倒す勇者として戦わせた」  砂目が胡乱げに視線をやった先では、ヒデトはまだ眠りこけている。あきあきした顔つきで、砂目は続けた。 「だからこそ褪奈の〝黒の手(ミイヴルス)〟の力で()()()()()()。ふだんはなんの役にも立たないそいつの呪力、原理はいまひとつ不明だが、なぜか異世界の存在にはよく効く。気に食わんがそいつの力は、この国の平和ぼけした当局の集団などよりよほど本件にうってつけだ。そして事件は、いまも起き続けている。ミコ、現場までは?」 〈はい。まもなく到着します〉 「目的地であるゼガ社所有の製造工場より、通報が届いてから今でおよそ七分。内容は〝最新の別のゲーム機を試運転していたスタッフが、とつぜん暴れ始めた〟〝スタッフが怪物に変身した〟〝工場の中に、別世界のような森や城が現れた〟等々」  いぶかしげに声を低めて、割り込んだのはパーテだった。 〈ちょっと待てよ。〝セレファイス〟はとっくに製造中止にさせたはずだよな?〉 「当然だ。だが、なんら怪しい履歴のない国内最大手のゲームメーカー、ひいてはその製造工場じたいを営業停止させるには証拠が足りない」 〈最新の別のゲーム機、か。どうやら異世界の不届き者は本体(ハード)中身(ソフト)の役割をきっちりわきまえてて、どこからでもおかしな呪力を送り込めるらしい。いまごろその工場は完全に異世界化しちまってるだろうな。俺も向かおうか?〉 「いや、〝妖術師の牙(ソウトゥース)〟、きみは引き続き、被疑者と被害者、ゲーム機と凶器の関連性と法則性を洗い出してくれ。現実と異世界の接触点、いわば引き金のようなものを事前に把握し、有事の際に妨害する手段を練っておく必要がある。さて、ミコ」 〈はい〉 「現場には〝セレファイス〟の呪力を帯びたゲーム機が大量にあるはずだ。押収したそれの危険性を立証できれば、ゼガ社ばかりか、その他企業の類似したゲーム機の製造そのものを止められる可能性も大いに期待できる。諸悪の根源は、もとから断たねばならない」 〈はい〉 「第一優先は証拠品の確保。第二優先は、残っていた場合に限られるが人命の救助。そして第三の行為は、わかるな?」 〈はい。交戦した異世界存在の鎮圧と回収、および徹底的な破壊です〉 「無関係なものが迷い込まぬよう真実への足跡を消すのも、組織の大切な役回りだ。現場への突入時には、いつもどおり必ず二名で行動しろ。助手席の寝ぼすけのサポートもふくめて、頼んだぞ」 〈はい、わかりました〉 〈新しい情報をつかんだら、すぐに知らせるぜ。タイプP、以上〉 〈ZZZ……〉  モニターが暗転することで、睡眠中の一名をあわせた四人の会議は終わった。
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