第四話「実行」

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 機械剣はふたたび脚の形に戻り、パーテの膝に飛んで連結した。  ミコはといえば、ああ。あいた手でじぶんの首の金具をしめている。  ヒデトのかたわら、配達員の届けたダンボール箱はすでにからっぽだ。さいしょにパーテに殴り飛ばされた一瞬に、ヒデトはミコの頭にいそいで絶対領域を装填。居間で充電中のミコへ投げる。それはミコの首に奇跡的にはまり、彼女を再起動したのだ。  使い終えた金具をそっと床へおくと、ミコはパーテへつぶやいた。 「ヒデトへの攻撃はやめてください、兄さん」  複雑な面持ちで、パーテは答えた。 「起きたのか、ミコ」 「寝てはいません。ヒデトのポケットの中で、私は召喚士との会話の一部始終を聞いていました。裏切り者は砂目充、もといメネス・アタールです」 「たしかにマタドールの絶対領域には、かんたんなセンサーもついてる。だがミコよ、どうやってその一部始終とやらを証明するんだ?」 「組織の研究所へ向かいましょう。そこであれば、私の絶対領域から証拠を取り出すことができます。とにかく、ヒデトは無実です」 「ミコ、残念だが……」  心底寂しげな顔で、パーテは首を振った。 「組織がおまえを研究所へ通すと思うか? 組織はおまえも召喚士に操られてると判断してるぜ。おとなしく〝黒の手(ミイヴルス)〟が投降しないかぎり、その周囲の不審な能力者、またマタドールの模造品はぜんぶ破壊するように、俺は命じられてる。それにさっきおまえ、俺のことをなんて呼んだ?」 「え?」 「()()()、だって? 人間らしくなって嬉しいが、やっぱりおまえはウィルスにやられてる。危険なマタドールには、しかるべき初期化が必要だ」  刹那、変形して飛来した機械剣を、ミコの白刃は食い止めた。  こんどは一本にとどまらない。前進するパーテの機体から、脚が、胴体が、頭が、つぎつぎに刃に裏返ってミコを襲っている。完全に分離しきったあとに、もはやパーテの姿はない。形状がそれぞれ異なるつごう七本の機械剣をなんとか刀で防ぎながら、ミコは背後のヒデトへ告げた。 「すみませんが、勝てません」 「えぇ!? まじかよ!?」 「しかたありません。あなたの不慣れな仮組みのため、私の機能はふだんの二十%にも達しません。ここを切り抜ける方法はただひとつ……いったん逃げますよ?」  ヒデトに抱きつく勢いそのままに、ミコは居間のガラス扉めがけて走った。破砕音とともに、外の庭を転がるふたり。追って、順番に人の形を取り戻しながら、パーテも割れたガラス扉を狭苦しげにくぐっている。  起き上がったミコは、片手をまっすぐ空へのばして囁いた。 「ここはいったん退いてください、兄さん。あなたの七本の剣に対して、私の刀はほぼ無限です。戦力的に、兄さんに勝ち目はありません」 「無駄だ」  すでに暗くなった空の下へ平然と歩みながら、パーテは首を振った。 「刀剣衛星(ハイドラ)はとうぜん、事前に機能を止めてある。負けを認めるのはおまえのほうだ」 「ヒデトは、旅立った彼は、こんなときのために秘密のアクセス経路を残していってくれました。ごめんなさい、兄さん」 「!?」  なんのことかヒデトにはわからなかったが、ミコはその呪いの言葉をとなえた。 「マタドールシステム・タイプPの敵味方識別信号を抹消。敵性反応(ターゲット)危険度判定(リスクフェイズ)を〝強〟に更新(リライト)刀剣衛星(ハイドラ)への実行稟議(アクセス)が決裁されました。予備武器の投下まで、およそ一秒」  星いがいの光が、いくつか夜空に輝いた。  だが、投下された長刀〝闇の彷徨者(アズラット)〟たちは、ミコの見当違いの場所に突き立っている。  あろうことか、あのミコがじぶんの刀までも取り落としたではないか。苦しそうに頭をおさえながら、ミコはうめいた。 「こ、これは……記憶が、消えていく」 「衛星への不正アクセスも想定済みだ」  悲しげに目を伏せたのはパーテだった。 「おまえがオンラインになると同時に、初期化は開始される。つまりネットの海に足をつけたとたん、おまえの自我はつま先からすみやかに消えていくんだ。おまえをただの人形に戻すスイッチを、組織はもう押しちまってる」  身を折って苦悶するミコを揺さぶり、ヒデトは叫んだ。 「ミコ! 回線を切れ! 死ぬぞ!」 「終わりだ」  つぶやきとともに、パーテはばらばらに分離した。狂暴な推進炎をひいた七本の機械剣は、空中、あっという間に連結して一本の長大な剣と化している。そのサイズは、高級スポーツカーのドアに匹敵するほど大きい。もとパーテだった巨剣は、次の瞬間、回転ノコギリさながらに旋回しつつミコを両断し……  パーテの動きがぴたりと止まったのは、そのときだった。
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