第四話「実行」

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「ミコ!?」  いきなり時間の縛りから解放され、ヒデトは振り向いた。  かすかな苛立ちに目を細めて、おなじ方向をにらむのはメネスだ。  木と羽の破片が舞う中、ミコはすでに一機のフィアを仕留めて踏みつけている。だがミコには刀剣衛星(ハイドラ)のバックアップもなく、刀の一本も持っていない。では、立ち上がったミコの両手で光芒をはなつあの機械剣は?  思わず、ヒデトは声をあげた。 「その剣は〝妖術師の牙(ソウトゥース)〟!? 生きてたのか、パーテ!?」  どすのきいた胴間声で、剣は答えた。 「いやヒデト、ほんとすまんかった。事情はぜんぶミコから聞いたよ。ホームセンターでどっさり買い漁った間に合わせの材料で、一糸まとわぬ姿でお互いを修理しあい、直接接続しながら」 「やめてください、その言い方! 妹の前ですよ!」  さえぎったのはミコだった。両手の機械剣を握り直すと、油断なく身構える。 「来ます! 兄さん!」 「さっきのお返しだ! 行くぜ!」  左右のフィアの動力部をふたつの剣で貫くや、ミコはその柄を手放した。ステンドグラスを突き破って飛来したのは、新たな二本の機械剣だ。柄と柄で連結されたそれは、ミコの手の中で両刃の大剣へと変じる。宙返りして逆立ちの姿勢になるや、そのままコマのように回転。あらゆる方位から襲った鋼線を、真っ赤に灼熱する刃が焼き斬る。手放した両刃の剣を足場にし、ミコはすかさず跳躍した。跳躍したその場所を、時間停止の呪力が包み込む。さらに外から飛来した機械剣二本を掴むと、ミコは着地する勢いを生かしてもう二機のフィアを串刺しにした。 「がらくた同然だったはずなのに、やるじゃないか、組織の人形たち」  かすかな舌打ちは、メネスのものだった。  片手を上へ向けるのを合図に、天井の魔法陣から召喚されたのはおびただしい武器の輝きだ。剣、槍、矢、斧、その他。メネスが片手を振ると同時に、武器の雨はいっせいにミコめがけて降り注いだ。が、ミコの背後に現れた人影の前で、異世界の凶器は光の粒子と化して消し飛ばされる。  両手に呪力の光をともしたまま、ヒデトはささやいた。 「〝黒の手(ミイヴルス)〟」  ミコと背中合わせになった一瞬に、ヒデトは語りかけた。 「さいきんのホームセンターには、マタドールの部品まで売ってるのか?」 「工夫さえすれば、作れないものはありません。さっきちらっと聞こえましたよ。じぶんはなにもかも奪われた、ですって?」 「なんもなしの捨て身だが、文句でも?」 「大有りです。だって、ヒデトも奪ったままじゃないですか」  推進の炎を残して現れた七本めの大剣を、ミコは勢いよく掴み取った。  ミコはフィアの群れへ。ヒデトはメネスへ。  それぞれの標的へ駆け出す寸前、思いの続きを言い放ったのはミコだ。 「あなたに奪われました……私の心!」  十字架の真下で、はでな火花が散った。メネスの召喚した剣と、ヒデトの盾が激突したのだ。渾身の力で鍔迫り合いながら、ヒデトはメネスへうなった。 「こんどこそ、お互いなんの縛りもなしだ。本気でいくぜ」 「いいや。どうしようもないほど絡まり合ってしまっているぞ、きみたち。過去の経験則から言わせてもらえば、きみたちにはかならず悲しい運命が待ち受けている」  ヒデトの足もとが稲妻を発するや、針の山のごとく召喚されたのは無数の武器だ。  だが、ヒデトは大胆に刃の絨毯へ踏み込んでいる。蹴り足の盾で剣を砕き、両手の盾で斧を左右へ弾くと、追加の槍を黒の手でまとめて消去。力強いコンビネーションで放たれるヒデトの盾の拳を、メネスは鮮やかに弾いていなした。だが、ひときわ重い一撃で後退ったときには、その頬には浅い切り傷ができている。  拳を引き戻すと、ヒデトはフットワークを刻みながら答えた。 「過去? 運命? やっぱり縛られちまってるな、おまえ」 「見えない糸に縛られ、操られるのがぼくたち人の形をした生物だ」  頬の血をぬぐうなり、メネスの腕はひるがえった。ナイフを避けて身をかがめたヒデトのみぞおちを、左から放たれたメネスの拳がえぐる。体をくの字に折り、ヒデトは血の混じった胃液を吐いた。メネスの左拳を覆うのは、召喚された金属の籠手(ガントレット)だ。  こんどは、メネスが側方へ身を投げる番だった。腕に巻きつくように仕掛けた関節技をフェイントに、ヒデトが唐突に銃を撃ったのだ。銃弾も関節技も外され、こちらも転がって体勢を立て直しながら、ヒデトは答えた。 「それでもいい。人形劇なら、楽しくやらせてもらうぜ。俺とミコ、ふたりで!」  一方、フィアたちへ向かったミコの手には、もっとも長大な剣を核として、残り六本の剣がひとりでに集まっていた。剣と剣を手早く連結。完成したのは、ミコの身長をゆうに超える大剣だ。刀身そのものに内蔵されたブースターで加速し、木の枝のごとく軽々旋回して鋼線の束を打ち払う。時間停止の呪力を充填する暇も与えない。超高熱の煌めきをまとった返す刃で、ミコはいっきに三機のフィアを両断した。ミコの剣技と、パーテの切断力をかけ合わせた掟破りの戦闘方法だ。  大砲の直撃でも浴びたように、ミコが吹き飛ばされたのは次の瞬間だった。  同時に、ばらばらになって床に散らばったのは〝妖術師の牙(ソウトゥース)〟の部品だ。  なんだろう、これは?  教会の扉もくぐれないほど巨大な拳は、ミコを殴り飛ばした勢いで建物の壁に刺さっている。原因は直後にわかった。あちこちに転がるフィアの残骸が、教会の中央、一機のフィアに集まり始めたではないか。巨大な腕に体、脚、おぞましい金属音をあげて頭部におりる仮面。呪力と電力の走る鋼線にそれぞれ牽引されたフィアのパーツが、一機を核としてひとつに合体したのだ。  長椅子を何列もぶちやぶって止まったときには、ミコの全身は故障の漏電と煙に包まれている。弾け飛んだパーテも同じく、機体の限界は近い。  地鳴りをあげて闊歩しながら、金属の巨人はフィアの声で吼えた。 「TカスタムのTは、捕縛(タングル)時間(タイム)、そして巨人(タイタン)の頭文字だ!」 「ミコ!」  叫んだのが、ヒデトの油断だった。気をそらした一瞬に、メネスの蹴りをまともに浴びて吹き飛ぶ。メネスの蹴り足にまとわれるのは、これも召喚した金属製の具足だ。  追い詰められる形で、ミコとヒデトはふたたび背中合わせの格好になった。  まえからはメネスが、うしろからは巨人と化したフィアが迫ってくる。  邪悪な魔法陣を両手にまたたかせながら、メネスは告げた。 「さて、異なったふたつの世界にも、共通して曲げられないことがある」  酷薄な笑みを浮かべ、メネスはささやいた。 「それは〝現実〟だ」  手足の盾の充電は切れ、ヒデトにもう武器はない。ヒデトは背後のミコへたずねた。 「ミコ」 「はい」 「まだあるよな、秘密兵器? 出し惜しみはやめてくれよ?」 「はい。にわか仕立てですが、ひとつ。呪力の充電と照準のため、時間稼ぎを行います」  煙と電光をひいて、ミコは決然と立ち上がった。 「刀剣衛星(ハイドラ)への実行稟議(アクセス)が決裁されました。予備武器の一斉投下を行います」 「え?」  ヒデトはぽかんとなった。 「いまなんて言った!? オンラインになったのか!? それじゃおまえの記憶が……」 「十秒でけっこうです、パーテ?」 「ああ、計画どおりだな。ヒデトの防御はまかせろ。また会おう、ミコ」  教会の屋根を突き破り、ミコの目の前に刺さったのは鞘に入った〝闇の彷徨者(アズラット)〟だった。  いや、それだけではない。こんどは鞘に入っていない抜き身の刀が五本、十本、二十本と、立て続けに屋根を貫いて落ちてくる。刃の驟雨に打たれ、前進をとめたのは巨大なフィアだ。そして、ああ。投下される銀光は、ミコ自身をも切り裂いていくではないか。頭上に盾を召喚して身を防ぎながら、怒鳴ったのはメネスだった。 「そんなバカな! マタドールが自害を選ぶだと!? 組織の許可はあるのか!?」  無言で、ミコは長刀を手にとった。  刀剣衛星へのアクセスとひきかえに、人間の感情が、大切な記憶が、どんどんネットの海に流されて消えていく。悲愴な顔つきで、ヒデトは制止した。 「やめろ、ミコ。行くな、行かないでくれ……いっしょにいるって、約束したろ?」 「私は約束を破りません」  ミコの横顔は、一瞬だけほほえんだように見えた。 「私はただの機械ではなく、あなたのミコですから。電磁加速射出刀鞘(レールブレイド)闇の彷徨者(アズラット)〟起動。斬撃段階、ステージ(4)……」  優雅に、ミコはフィアへ歩みを進めた。  フィアの放った巨大な拳は、刀の降り注ぐ勢いに殺されてミコに届かない。かわりに無作為に投下される刃は、つぎつぎとミコの機体をも貫いていく。ほとんどゼロ距離になった地点で、ミコと巨人は止まった。  刀の刺さる衝撃になんども揺さぶられ、ミコの唇からは疑似血液が流れている。腰を落として脚を開き、背中側へねじった長刀の柄にそっと手をおいて、ミコはささやいた。 「ステージ(4)……〝海淵(かいえん)〟」  戛然……  組織が解明した召喚士と世変装置(セレファイス)の仕組みを、Tカスタムと同じく、ミコは急ごしらえで自分自身に組み込んだ。その機能は限定的ながら空間をゆがめ、ミコの斬撃に、こことは別の並行世界のミコの斬撃をいくつも呼び寄せて重ねる。つまりこの居合いには、可能性の数だけ切れ味がこもっているのだ。その数は、百か、千か、万か。  鞘に納められた刀が鍔鳴りを残すと同時に、巨人はまっぷたつになって大爆発した。
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