大坪さん家の遺品整理

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 数ヶ月が過ぎ、郁弥が店の仕事にも慣れ、そろそろレナの家の居候から卒業しようと考えていたある日のこと。 「ねえねえ、いくちゃーん。ちょっと来て」  接客中であるはずのレナが、郁弥を呼んだ。  郁弥はレナに、自分自身はノンケであり、女性装をするつもりは無いことと、そもそも接客業は不向きであることを伝えてあった。  だから、営業時間中に客の前に出ることはほとんど無い。せいぜい、キャストの欠勤が重なって人手が足りない時に、ドリンクやフードをテーブルまで運ぶ程度である。  わざわざ呼ばれるのは何故かと、郁弥は訝しんだ。  そうして作業の手を止め、レナが座るテーブルへ向かう。 「いらっしゃませ。何か、ご用でしょうか」  客は、一人の男性だった。色が白く、彫りの深い顔立ちが印象的で、深い緑がかった茶色の着物に、やや緑がかった灰色の羽織を着ている。後で聞いたところによると、着物の色は千歳茶(せんさいちゃ)、羽織の色は利休鼠(りきゅうねず)というらしい。  繁華街にあるラブローズでは、女性客の和装は珍しく無いが、男性の和装はかなり珍しい。それも、郁弥と同年代か少し上くらいかと思われる年代だ。 「ウチの雑用係のいくちゃん。ほら、見てこの筋肉。元は警察官なのよ。頼りがいありそうでしょ」  レナの紹介に、郁弥は微かに顔を引きつらせた。しかし、どうにか笑みを顔に貼りつけたまま、客に挨拶する。 「若松郁弥と申します」 「栗田恵一です。これは頼もしい。よろしければ、是非お願いしたいです」  恵一と名乗った客は、レナの言葉に一瞬目を見開き、穏やかに微笑んだ。 「何をですか?」  郁弥は、恵一とレナを交互に見比べた。 「栗ちゃんはね、骨董屋さんなの。あ、お店の名前はマロンね。それで、古くからのお客さんが亡くなって、ご遺族から遺品整理を頼まれたんですって」 「遺品整理というと?」  恵一のお願いしたいことというのは、力仕事だろうか。  遺品整理と言っても、きちんと遺族がある上、骨董が趣味の人間なら、さほど悲惨な状況ではないだろうと、郁弥は予測する。  警察官だった頃は、何度も目を覆うような場面に遭遇したのだ。
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