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故人は大坪泰三という資産家で、多くの土地を持つ地主。子は無く、妻を早くに亡くしている。遺族と言っても甥が一人いるだけだという。
「それじゃあ、よろしくお願いします。いやー伯父の手帳に、マロンさんのお名前があって助かりました。これだけの骨董品、僕一人ではどうしていいのやら……」 遺族は、小野木仁志と名乗った。大坪氏の妹の息子だという小野木は、妙に人好きのする笑顔を浮かべた。
紺色のジャケットに、水色のシャツとベージュのチノパンを合わせている。足元は黒のスエード靴で、日頃から、服装に気を遣っていることがわかる。
しかし郁弥は、その笑顔に、何やら嫌な予感を覚えた。
ふと隣を見ると、恵一もまた、微かに頬を引きつらせている様子が見て取れる。この人物とは、今までは電話だけのやり取りで、直接会うのは今日が初めてだという。おそらく恵一もまた、郁弥が感じたものと同じ種類の印象を抱いたのだろう。
郁弥は、この遺品整理が一筋縄ではいかなさそうだと、内心でため息を吐いた。
恵一はまず、遺品を全てリストアップすることから始めた。時々、小野木に断って写真を撮る。この作業が、いつもの手順なのか、それとも、何かを感じ取ったからなのかはわからない。
「その棚は、リストに二重丸を付けてください。これは……古伊万里かな。シャガールにダリに……念のため、写真撮りますね。あ、ガレのランプですね」
ともかく郁弥は、独り言のような恵一の指示に従って、目録作りを手伝った。
故人が遺した品々は数が多く、ジャンルも様々であった。そのため、一日目はその全てを把握するだけで終わった。明日は、見落としが無いかもう一度確認した後、一つ一つ、細かく査定するという。
一日目の作業を終えた二人は、ラブローズの控え室を借りて、翌日の打ち合わせをする。
「恵一は、あの甥をどう思った?」
「そうですね……多分、郁弥さんが感じた印象と同じです。電話ではわかりませんでしたが、何やら胸騒ぎがします」
郁弥の質問に、恵一は慎重に言葉を選ぶようにして答える。
最初は互いに苗字で呼び合っていたが、いつの間にか、名前で呼んでいた。
一見すると線が細く、身体を鍛えている郁弥とは、いかにも正反対な印象の恵一だが、何度か話をするうち、内面の強かさや胆力が垣間見え、どこか親近感を覚えた。また、自分には無い、和服や骨董に関する知識の広さに舌を巻き、素直に尊敬を覚えた。
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