Flavor.01

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Flavor.01

 夜の街はネオンの輝きと人々の活気で満ち溢れている。そんな中、どうしてココだけはこんなにも暗く冷たいのだろうか。  車の助手席から外の世界を眺めながら思う。  決して車の中が寒いわけではない。適度に調節された空調、座り心地の良い座席のシート、センスの良いジャズミュージックが車の中で流れている。  ——そう、原因はわたしたちにある。いや、言わせてもらえばわたしは悪くはない、そう言いたい。  運転席に座る彼は、いつもにも増して眉間に皺を寄せている。元々眼つきが悪いのに、余計に悪く見えてしまう。  けれど、だからと言ってあの横暴を許すわけにはいかない。 「……1次会行きたかったのに」 「なに」 「だから、1次会。昨日はいいって言ってたのに。すごい楽しみにしてたんだから」  顔を背け、窓の外を見たままぼやく。  丁度赤信号になり、彼は煙草に手を伸ばす。今日何本目かわからない煙草に火をつけ、紫煙をくぐらす。愛煙家の彼から煙草の匂いが絶えることはない。 「仕方ない、諦めろ」 「仕方ないってなによ、なにが仕方ないのよ」  今日は高校からの友人の結婚式だった。1次会、2次会と参加予定だったが、なぜか彼によって強制送還をくらい今に至る。  わたしの怒りが意外と大きいことに気付いたのだろう。煙草の煙を吐き出しながら面倒臭そうに一つ溜息をついた。 「男が多かったから」 「——は?」 「だから。男が多かっただろう」 「それは……まあ新郎側の友人もいらっしゃってるから、そうだろうけど」  わたしは女子高、大学と進んで来たため男の友人は少ない。確かに昨日、「誰が来る」とか「どれだけ来るか」とか「男は」とか聞いてきたから、「そんなに来ないよ、多分」と適当に言ってしまったけれど。 「それだけで参加しちゃダメなの?」  あんな街中で、肩まで担ぎ上げられたわたしの身になって欲しい。周囲の好奇の視線が忘れられない。 「それだけ? 十分な理由だろう」  当たり前のように言い切った彼は、片手に煙草を持ちながら器用に車を駐車場に止める。気づけば既に彼のマンションに着いていた。 「早く降りろ。また抱えるぞ」  助手席のドアを開け、降りるように促す。渋々車から降りると、彼に手を引かれるまま部屋へと連れて行かれた。  玄関までは半強制的に引っ張られてきたが、自分から靴を脱いで入ることは出来なかった。だって、あんな理由で1次会参加がダメなんて信じられなかった。 「入らねえの?」  意地でも入ろうとしないわたしを見て、彼はまた溜息をつき、自分の右腕をわたしの腰に回しそのまま抱きかかえた。 「な、ちょ、下ろしてよっ!」 「うるさい。チビ助は黙ってろ」  バタバタともがいても足は地に付くことはなく、そのままリビングのソファーに下ろされた。皮張りのソファーがギシリと音を立てる。 「まだ怒ってるのか」  もう何度目かもわからない溜息をつき、呆れながら新しい煙草に火をつけた。その所作は厭味なくらい格好良く目を奪われる。彼の骨張った大きな手から漂う紫煙をぼんやりと眺めていた。 「あの男どもの目を見たら連れて帰りたくもなる。お前は俺のモノだし」  そこでふと、惚けている意識を戻された。——男どもの、目?  きょとんとしているわたしを見て、何故か苦笑する彼の姿があった。珍しい表情に息が詰まってしまう。 「お前の格好も悪い。そんな肩出した服着て。あー、あいつら蹴り飛ばしてくるんだった」  彼は前髪を掻き上げ煙草を揉み消すと、わたしの傍らに腰を下ろす。彼の愛用の香水と煙草の香りが鼻を擽る。 「なに、コレ誘ってるの?」  肩から鎖骨にかけて大きく開いたパーティドレスを着て行ったので、髪も結い上げた。  彼はわたしの項から鎖骨をすっと撫で、耳元で囁く。高すぎず低すぎず、彼の少し掠れた声は身体の芯まで響いて、ピクリと身体を震わせてしまった。それを見逃さなかった彼は口角を上げて意地悪く微笑む。 「誰に、触って欲しい?」 「まっ、待ってっ……んっ」  耳元で話すのは反則だ。その声はわたしの思考回路をマヒさせる。  彼はわたしの耳元から離れ、いつもは髪に隠された首元に口づけた。ちくりと痛む首元、反論しようにも身体が動かない。  顔を上げ、わたしの顔を見た彼はさっきよりも意地悪く微笑み、自分が赤く痕を付けた辺りを撫でながら囁く。 「お前は俺のだから、これでわかった?」 「……ばか」  わたしの怒りはどこかにいってしまった。変わりに身体の芯から芽生えた熱情は、悔しくて口にはできない。そして、それさえも彼はわかっている。 「これから、どうしようか?」  わたしに問いながらも、抱きかかえられたわたしに選択肢はなく、彼の首に顔を埋め、腕を回すことしか出来なかった。 「やっと、同じ視線になったか」 「……嫌味ですか、それ」  長身の彼と、チビ助のわたしとの身長差は36センチ。  顔を見合わせ、決して目つきの良くない彼の瞳を見つめて笑った。彼の唇に軽く触れるぐらいのキスをして、抱きつく腕に力を込めた。  ——本当は、少しだけ嬉しかったなんて言えない。あれくらいであなたが飛んで来てくれるなら。あなたの愛を受けられるなら。  ただ、翌朝起きて首筋にできた赤い痕の多さに眩暈を覚えたのは、もう少しあとのお話。 ——『呆れるくらいの独占欲』 Alpharea様
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