Flavor.02

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Flavor.02

 ピピッピピッと携帯のアラームが鳴り、うっすらと目を開ける。わたしの隣で身動ぎ携帯へ手を伸ばした彼は、時間を確認しアラームを止めた。  むくりと起き上がりヘッドボードに背を預けている。彼の寝起きの人相は特にヒドイ。眉間にシワを寄せて、目付きはいつも以上に鋭い——ただ低血圧のため寝起きが悪いだけなんだけれど——そんな彼を布団から見上げ「おはよう」と声を掛けると、仏頂面のままわたしのおでこにキスを落とし、髪を梳きながら頭を撫でる。 「おはよう」  まだ眠たげな、微睡の中にいる彼の声は優しい。そしてその手の温かさと心地よさに目蓋が重くなってしまう。  彼はしばらくそうしていると、不意にベッドから抜け出すとバスルームへと向かっていった。わたしも気だるい身体を何とか起こして朝食の準備をすることにした。  一緒に朝を迎えた日は、彼がシャワーを浴びている間にわたしは朝食の準備をし、共に朝食を取るのが日課となっている。  1人紅茶を飲みテレビを見ながら待っていると、カチャリと戸を開けて彼が部屋へ入ってきた——上半身裸で。 「服をちゃんと着てから来て下さい……」 「いつも見てるだろうに。今更だろう」  前髪からポタリポタリと垂れる水滴をタオルで拭きながら答える。目の冴えた彼は、あの、アンニュイな寝起きの姿はなりを潜め、いつもの姿へと戻ってしまった。  毎回それを残念に思いながら、わたしはちらりと彼を横目で見やる。  程よく鍛えてある彼の身体は、うっすらと腹筋が割れていて全体的にがっしりとしている。接待とか飲み会とかも多いのに、どうしてビール腹にならないのか不思議でならない。  わたしはそんなことを考えながら彼を見ていると、視線がぶつかってしまい彼はニヤリと笑った。 「そんなに見られたら、服着たくても着れないんだけど。……ああ、それとも俺の身体見てナニか想像しちゃった?」 「あ、うっ……ばっ……そうじゃなくて、いくら部屋が暖かくても風邪引くから、早く着替えて下さいっ!」  部屋に押し込もうと背中を押していると、こちらを振り返りわたしの手を握った。 「でも、風邪引いたら看病してくれるだろう?」  わたしの手の甲にキスをして「なあ?」と色っぽく言われても困る。わたしは慌てて彼から手を振り解く。 「とりあえず服は着て下さい……」  はいはい、と楽しそうに部屋に入る彼を見送る。わたしはキスをされた手の甲をさすりながら熱っぽい溜息を付き、彼用のコーヒーを入れるために台所へと戻った。 *   スーツに着替えてきた彼は、入れておいたコーヒーに口をつける。こう見えて彼は猫舌なので、少し冷めたコーヒーを好んで飲む。 「そう言えば、今日美晴たちと飲みに行ってくるから」  今日の用事を思い出し、わたしは食洗機に使用済みの食器を並べながら声をかけた。 「ミハル? ……ああ、受付の渡辺さんね」  彼は新聞からは眼を離さずに淡々と答える。新聞を2、3紙必ず目を通すのも彼の日課である。 「うん、だから今日は自分の家に帰るね。帰りも何時になるかわからないし」 「了解」  わたしのすぐ隣で声が聞こえたため慌てて振り向くと、彼がいつの間にやら立っていた。 「ところで、今日の俺の予定はご存知でいらっしゃるかな?」  新聞を持ちながら片肘を壁につけ、もう一方の手には煙草を持ち、わたしを見下ろしながら面白そうに話しかけてきた。  突然振られた話題ではあったが、自分の本職でもあったので今日の来客予定表を思い出す。 「午前中に1社、午後に2社お客様がいらっしゃいます。第3会議室を予約してありますが。何か問題ありますでしょうか、課長?」  少し仕事モードで答えながら見上げてみると、大げさに驚いている彼の姿があった。 「さすが我が社が誇る受付嬢殿」  喉をくつくつと鳴らして楽しそうに笑う彼を見て、少し頬を膨らます。どこか馬鹿にしたような笑い方に少しムカついたので軽く脛を蹴る、がひょいと避けられる。 「可愛い顔が台無しになるぞ」  彼はわたしを抱き寄せ、おでこに1つキスをした。ふいの出来事に驚き、慌てておでこに手を当てた。おそらく顔は真っ赤だろう。 「もっとして欲しい?」  リビングでネクタイを締めながら、ちらりとこちらに視線を向けた瞳は意地悪そうに笑っている。 「っ、結構ですっ!」 「素直じゃないな」  俯きながら、こんな切り返ししか出来ない自分に腹を立てる。悔しい。  さっきのキスといい、今のキスといい。  たった1つのキスでこんなにも振り回されるなんて。わたしの気持ちを一瞬で変えてしまうなんて。 「……ホント、意地悪」 「光栄な褒め言葉ですね」  いつか、この人を振り回せる時が来るのかしら。  そんなことを思いながら、彼からもたらされるたくさんの甘いキスを受け入れた。 ——『いつだって振り回されるのは私』 Alpharea様
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