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Flavor.03-1
わたしにだって、譲れないものがあるの。
*
「なに。喧嘩中なの?」
向かいの席に座り、パスタをクルクルとフォークに絡めとっている彼女、美晴は少し呆れながらわたしに話しかけてきた。
「喧嘩中というか、なんというか」
土曜日の夜。午後から2人で買い物をして、今は予約をしていたレストランで食事の最中である。
美晴はわたしより2歳年上の先輩で、わたしの入社と同時に異動になり同じ部署になった。会社で唯一、彼とお付き合いしていることを知っている人でもある。
頼れるお姉さんでもあり、なんでも相談できる親友でもあり、わたしにとってとても大切な人。
「それで、喧嘩の理由は?」
美晴は心配はしてくれているんだろうけれど、どこか楽しそうに見える。言葉とは裏腹に、目が爛々と輝いてわたしの言葉を嬉々として待っている感じがする。多分、勘違いではない。
「美晴、楽しんでるでしょ」
「さあ? どうかな?」
美晴はカラカラと笑いながら、食べ終わったパスタの皿を下げてもらい、デザートのケーキに手を伸ばしていた。
「で、あの性悪男とどんな喧嘩中なの?」
やっぱり目を輝かせながら聞いてくる美晴に、1週間前の出来事を思い出し、少し不機嫌になりながら呟いた。
「食べたの」
「何を」
「プリン」
「……何の」
「デパ地下の、1日20個しか販売しない限定プリン」
「……まさか、それだけのことでケンカしてるわけじゃないよね?」
わたしの沈黙を肯定と取ったのか、美晴は手にしていたフォークを置いた。どんよりと、重苦しい空気が流れる。
「1つ、いいかな?」
美晴の綺麗な顔に皺が寄る。わたしが小さく頷くと、大きな溜息をついてこちらを見た。
「そんなことで喧嘩しないで頂戴……」
期待して損したわ、と美晴は肩を落とし、ケーキを一口大にカットしながら口へ運ぶ。
でも、わたしにとっては重大な問題なんだから。すごい、楽しみにしてたんだから。
「わたしは悪くないし」
「まあそうかもね。でも、あとはあれよ」
デザートも綺麗に食べ終えた美晴は、顎の下に手を置き小首を傾げてニッコリと笑う。綺麗すぎる笑顔にどこか不安を覚える。
「あとは当人同士で解決すればいいんじゃない? ねえ、課長?」
「ああ、そうだな。悪いね、ミハルさん」
美晴の視線はわたしの頭上にあり、そしてその頭上から聞こえてくるわけがない声がして慌てて振り向いた。そこにはやはりというか、見間違えることのない彼が立っていた。
手にはわたしのコートとバッグが握られていて、「行くぞ」と席を立たされた。
「え? え??」
「あたしが呼んでおいたのよ、仲直りのきっかけをあげようと思って」
わたしは交互に2人の顔を見比べて、現状を理解しようと試みる。
いつの間にメール交換する仲になったのだろう……。美晴はいつも「癪だけど、課長とはどこか同じ匂いがする」と言って渋い顔をしていたのに。
「まあ、とりあえず。仲直りしてらっしゃいな」
わたしの疑問をよそに、笑顔でヒラヒラと手を振る美晴を茫然と見つめ、わたしは彼に引きずられるままお店を出るしかなかった。
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