魔王城の料理人

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 魔王の城は、未だ地底にあった。地上に侵攻しているとはいえ、本拠地は勇者によって封じ込められたままなのだ。  だから常闇の世界で魔族たちは暮らしていた。昼間でも夜のように暗く、地上と地底を繋ぐ穴から僅かに差し込む光が、彼らの侵攻の象徴となっている。魔物や魔族はそういう種族なのだと聞かされて来たが、どうも違うらしい。  ではいったい何が真実なのか。それは、当事者である当時の地上の人々と魔王のみぞ知ることだ。  今はただ、魔王たちは地上での暮らしを取り戻すために争っている。  そして僕は、人間たちではなく、そんな魔族たちのために料理を作る日々を送っている。  そのことだけ見れば、以前と何も変わらないように思える。だが、実際には大きく違う。  まず、作る量が桁違いだ。以前は街の住民がちらほら訪れる小さな店。今は、魔王に従う兵士たち全員分の賄いと、魔王の食事を作っている。  厨房の人数は10人に満たない。下拵えだけでもとてつもない作業量だ。朝から晩まで、休む暇がない。  次に、言わずもがな相手が人間から魔族に変わった。魔族は比較的人間に近い見た目だが、魔物は圧倒的に獣に近い。それらが毎日一斉にこの食堂に詰め掛けてくる。対応するのは僕だ。正直、いつ食事と一緒に喰われるかと思うと気が気じゃない。  そして、何よりも大きく違う点、それは…… 「おう、人間。美味かったぞ!」  そんな声をかけられるようになったことだ。  始めは隣に並んだ食材たちと同列に見られていたが、僕が料理をふるまった途端、皆、賞賛の声を浴びせるようになった。  自慢じゃないが、自分で自分の料理を美味いと思ったことがない。だから誹謗の声よりも賞賛の声の方が信じられずにいる。  褒めてもらえるのは、嬉しくないと言えば嘘になる。だが自分で納得できないもので褒められても、罪悪感やら不満やらが募るばかりだ。その上、相手は化け物たち。  ここは、どう考えても僕のいる場所じゃない。いつか元の地上に戻ろう。そう、心に決めて日々過ごしていた。  だけど、時々考える時もある。  地上に帰ったところで、僕はどうすればいいんだろう?
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