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「おい、人間。これを料理してみろ」
ある日、厨房の青年が食材を渡してきた。赤に黄色に緑にと様々な色が溶け合おうとしている虹色と言えなくもない奇妙な果実だ。
だが魔王城で働いて数か月の間に色々と覚えた。この果実は数年に一度、魔王城の庭園で実を着けると言われる幻の果実だ。希少なだけあってとても美味らしく、魔族たちはその実を食べる権利を巡って争うこともあるらしい。
「これを……僕が調理しても?」
「ああ」
そう告げたのは、厨房を任されているラーシュという魔族だ。見た目はほぼ人間だが大柄で、頭に立派な角がある。そして寡黙だ。彼に話しかけられると、いつも驚いてしまう。今も必要最低限のことしか言わない。
だが彼の指示はいつも適格だ。だから、きっと何か意味があるんだろう。
今やるべきは怯えることじゃなく、この食材を無駄にしないことだ。自信はないが。
渡された果実は採れたてで瑞々しく、甘い香りがする。果肉は柔らかく、口に含むと砂糖よりも甘かった。普通に考えればデザート向きだが、僕はデザートはそう得意じゃない。何か、僕の知識を生かしたものにできないだろうか。
その時、ふと思い出した。今までの経験を。
「よし」
目的が決まればあとはまっすぐ進むのみ。
材料を取り出し、刻み、火を通し、味付け……。はじめは自分では不味いと思うほかない料理ばかりで戸惑ったが、裏を返せば、それはここの客たちが望む味だということ。だから僕はこの数か月で学んだ。魔王城で手に入る食材がどんなものか、どういう調理をしたらどんな反応だったか、どの味付けが好まれるのか――自分が不味いと思うものを出すんじゃない。彼らが美味いと思うものを作るのだ。
そうして出た答えが、目の前の皿だ。
「これは……」
「はい、リゾットです」
温かなライスに極甘の果実……人間たちなら忌避するところだが、意外なことに、魔王城の面々は、甘くて温かいものが好きなことが多い。
ラーシュもその一人のようで、悪くないといった顔をしていた。スプーンでそっと口に含むと、ほのかに顔が綻んでいた。
「……美味い」
「ありがとうございます!」
ラーシュは、何故か少しだけ寂しそうな顔と共にそう言った。だがそれも一瞬の事。すぐにいつもの仏頂面に戻って告げた。
「ではその料理、魔王様にお持ちしろ」
「はい……」
「その果実は、魔王様の特別お好きなものだ」
知っている。この城の甘くて温かいものが好きな面々の筆頭が、魔王なのだから。
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