魔王城の料理人

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 魔族が人間の村に潜入していた。そのことは人間たちの恐怖に火を点けた。  王都にほど近い街に潜伏し、井戸に毒を盛ろうとしていた。そうして、王都と地方の流通を混乱させようと企んだのだ。  それが人間たちの主張だ。  ラーシュの人を喜ばせたいという想いは、彼が魔族であるというただそれだけの事由で、恐ろしい陰謀論へとすり替えられてしまった。そして一度燃え上がった炎は、消えることができないものだ。  数々の魔王軍の猛者を屠ってきた勇者を筆頭に、人間の国々が連合軍を編成し、魔王軍攻略に乗り出した。もはや侵略されるばかりではないと、声高に叫んでいた。  この数か月、魔王城にいて、様々なことがわかった。  魔王軍は人間によって数百年、地底に封印されていた。その間、人間たちを脅かしたことはない。地上での暮らしを求めて侵攻を始めた後も、決して一方的な略奪・虐殺行為はなかった。人間側は多大な被害を被ったが、それと同じだけの被害を魔王軍も被っている。  このままでは痛み分けになり、人間も魔王軍も、幸福な生活を取り戻せるのかわからないと、魔王様は憂慮していた。  それにも拘わらず、人間たちは侵攻を止めない。地底へ戻れ、我々の生活を脅かすなと。    僕の考えは、魔王軍に寄り過ぎているかもしれない。だが、それでも納得がいかない。人間の生活を、ラーシュがいつ脅かしたというのか。 「奴らは獣と同じよ。自分の領域を犯す敵に怯えている、手負いの獣なのだ」 「ですが……!」  拳を震わせて言う僕に、魔王様は宥めるように言った。 「クルトよ。お前も、戻ってもよいぞ」 「……え」 「勇者たちの侵攻が想像以上に早い。数日中……下手をすれば今日にでも攻め込まれる。お前は余が無理矢理連れてきた者……我らと運命を共にする義理は無かろう。事情を話せば、人間たちは保護してくれるのではないか」 「それは……」  攫われて、無理矢理働かされていたと言えば、助けてもらえるだろう。だが、何故か僕はそんなことなど一切考えてこなかった。 「ま、魔王様ならば勇者の侵攻など退けられるのでは?」  僕の問いに、魔王様は静かに被りを振った。 「封印を無理に破ったせいだろうな。余はもう長くはもたん。勇者と対峙しても、命を落とすだけだ。そうなれば、またこの城ごと我らは封印されるだろう」 「そんな……!」 「おかしな奴だ。人間の身で、余のことを案じてくれるのか?」  魔王様は小さく笑って、僕に退出を促した。その笑いが、僕の胸に悲しい余韻を残した。
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