魔王城の料理人

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「クルト、お前の飯は不味いんだよ」  そう言われるのは、もう何度目だろう。その言葉に頭を下げるのも、何度目だろう。そう言った客が来なくなって、もうどれくらい経つだろう。    王都からは遠いものの、行商人や冒険者が頻繁に立ち寄るこの街で、僕は父親から小さな食堂を受け継いだ。人の行き来は多いけれど小さな街で、食堂はうち一軒だけだ。そんな街だから、住民はみんな家族のようなものだった。  みんなうちの店で夕飯を食べ、酒を飲み、交流していた。父の料理を囲んで皆が笑っていた賑やかな光景は、僕の誇りだ。  だけど僕には、できなかった。 「不味い」と、はっきり言われてしまった。  父の、人を笑顔にできる料理の才能は、僕には受け継がれなかったらしい。  父の死後、店を継いだ僕に皆が親切にしてくれた。父の代からの常連さんが足繁く通ってくれていたおかげで店を保つことができた。だけどその客足は、徐々に遠のいた。  今では街の人間は誰もこの店に来ない。この街を訪れた商人・冒険者くらいしか立ち寄らないが、その旅人も今はめっきり減ってしまった。  なんでも数百年前に勇者によって封印された魔王が復活し、魔族や魔物を引きつれて地の底から地上の国々を侵略しているから――だとか。北方の国は既に滅ぼされ、魔王軍の手はこの国にも近づいてきているという。  そんな中で行商人が気楽に歩き回るはずもなく、冒険者たちも既に最前線に向って行った。こんな小さな街を訪れる者は、もはやいないに等しい。噂では国王から『勇者』の称号を授かった人物が現れたそうだが、果たして魔王を封印して、この世に平和が戻るのにいったいどれほどかかるやら。  何より平和が戻ったとしても、僕の料理を出している限り、この店の評判は戻りはしない。  すっかり寂れた店内で、僕は深いため息と共に決心した。  あと一人――お客が来たら、それを最後にしよう。店を畳み、別の街に移り住み、職を探そう。この時勢で簡単なことではないが、こうして誰にも食べられない料理を作り続けるよりはマシだ。  そう思った時だった。店のドアが、静かに開かれた。  立っていた客は、全身を黒いローブに身を包んでいた。長身から男と思われるが、頭にはフードを被っているため顔が見えない。  だが、一言も発さずに僕の方をじっと見ている。 「どうぞ、おかけください」  僕がそう言うと、客はテーブルにかけるより前に、僕に近づいてきた。文字通り目と鼻の先まで寄ってきて、耳元でようやく聞こえるような声で、呟いた。 「熱いスープをくれ」  その声は重々しく、微かに聞こえただけで地面に引き倒されてしまいそうだった。僕はかろうじて頷き返すことしかできなかった。
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