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1.5話 襲われた馬車:犬との戦闘
「よし。遠くに街が見えるな。あそこに向かってみよう」
しばらくは草原を歩く。
俺から少し離れたところに、犬のような生物がうろついている。
あれがミッション報酬にあった『魔物』という生物だろうか。
「ミッション報酬のために近づいて倒してみるのもありか? しかし、少し危険か」
ミッション報酬でスキルポイントが入れば、スキルを強化できる。
さらに、もしゲームのように魔物を倒すことで経験値が入るようなシステムなら、レベルが上がって基礎ステータスの向上が期待できるかもしれない。
しかし少し危険はある。
犬のような生物に見えるが、地球の犬とは性質が異なるかもしれない。
口から毒液を吐き出すとか。
魔法を使ってくるとか。
ピンチになるとバーサーカー状態になるとか。
うかつに攻撃すると仲間を呼び出すとか。
「魔物討伐にチャレンジするのは、街で情報収集をしてからにするか」
俺はそんなことを考えつつ、街に向けて歩みを進める。
そしてーー。
「うわあああぁっ!」
男性の悲鳴だ。
何かのハプニングに巻き込まれたかのような声色である。
あの犬に襲われたのだろうか?
もしくは盗賊とか?
「初めての人との遭遇だ。いや、それよりも、いったい何があったんだ?」
俺は、声が聞こえたほうに走っていく。
しばらくして、小さめの馬車が視界に入った。
道上に停止している。
「あの犬のような生物に襲われているのか」
人間は3人。
体の大きな男が1人、商人風の男が1人、フードをかぶった小柄な人が1人。
襲っている犬は2匹だ。
それほど大きな犬ではないが、なかなか獰猛そうな感じだ。
体が大きい男が1匹と、商人風の男がもう1匹と戦っている。
「おらあっ!」
体が大きい男は犬と危なげなく戦っている。
しかし少し勝負を急いでいるのか、攻撃に正確さが欠けている。
「ふっ! ぬぬぬ……」
商人風の男は盾で必死に防御している。
あまり戦い慣れているようには見えない。
「助けに向かうべきだろうか……。少し危険だが……」
つい先ほど、魔物討伐はまだ危険だと結論付けたところだ。
しかし今は人命にすらかかわる緊急事態である。
それに、彼らの戦闘を見るかぎり、あの犬に特殊能力のようなものは見受けられない。
「よし、助けに向かうぞ」
俺は、彼らのほうに駆け出す。
特に優先すべきは商人のほうだろう。
俺が近くまで寄ると、商人は俺に気付いたようだ。
必死な様子で話しかけてくる。
「そ、そこの君! 冒険者か? この犬を何とかしてくれ!」
日本語ではない。
しかし、この言語を俺は理解できる。
おそらく『異世界言語』のスキルのおかげだろう。
興味深い単語が出てきた。
冒険者という単語だ。
この世界にはそういった職業があるのか。
しかし、今は置いておこう。
それよりも、この目の前の脅威を取り除くことが先だ。
「わかりました!」
俺は犬に切りかかるタイミングをはかる。
犬は商人に意識を向けており、まだこちらには意識を向けていない。
今がチャンスだ。
「せえぃっ!」
思い切って犬を切り付ける。
スカッ。
俺の剣は空を切った。
避けられた?
いや、半分は俺の制御ミスで外したようなものだ。
剣術スキルをうまく扱えない。
頭では体の動かし方が理解できているんだが。
「ガルル……!」
犬は俺を敵とみなしたようだ。
歯をむき出しにして威嚇してくる。
恐ろしい顔だ。
怖い。
「ガウッ!」
犬がこちらの顔に目がけて跳びかかってきた。
「ひぃっ!」
俺はビビりつつも、なんとか避けることに成功した。
たかが犬がこんなに恐ろしい生物だったとは。
嫌な汗をたっぷりとかいている。
心臓がバクンバクンと音をたてている。
マズイぞ。
こんなことなら剣術スキルの使い方を練習しておくんだった。
油断したらあっさりとやられてしまいそうだ。
「く……」
「ガルル……!」
俺と犬が睨み合う。
ドゴン!
突然、横から犬への攻撃があった。
「ガ、ガウ……」
犬は戦闘不能になり、倒れる。
「なんだ?」
俺は周囲の状況を確認する。
「よし、これで終わりだ。助かったぜ、兄ちゃん」
体の大きな男がそう言う。
どうやら先ほどの犬への攻撃は、彼からの攻撃だったようだ。
戦っていたもう1匹の犬との戦闘が終わり、こちらに加勢に来てくれたといったところか。
商人もひと息ついたようで、ハンカチで汗を拭っている。
「ふう。助かりました。ありがとうございました」
商人がそう言って、頭を下げる。
「いえいえ、大したことはしていません」
俺はそう謙遜しておく。
待望の、初めての異世界人との接触である。
異世界言語のスキルのおかげか、まったく問題なく意思疎通ができている。
魔物と戦うという貴重な体験ができたのも大きい。
結果的には一撃も当てることができなかったが。
「こいつらは単独で行動するファイティングドッグという魔物だ。油断していたぜ。まさか偶然2匹から同時に標的にされるとは」
体の大きな男がそう言う。
単独で行動する魔物であるならば、確かに通常であれば1人で対処できるだろう。
今のはイレギュラーだったということか。
危機が去り、俺達3人の間に気が抜けた空気が漂う。
「ところで、あなたはここで何を? 私は、行商のためラーグの街へ向かっているところでしたが」
商人風の男は、やはり商人で間違いなかったようだ。
そして、遠くに見えているあの街は、ラーグという名前か。
「ええ、私もラーグの街へ向かっているところでした」
「そうでしたか。よろしければ、ごいっしょしましょう。ぜひ荷台に乗ってください」
そんな感じで、俺は彼らと街まで同行することになった。
馬車の荷台に乗れるので楽だし、単純に同行者ができたことにより魔物への恐怖心が減った。
とりあえずは、街まで気楽な旅となるだろう。
馬車の乗員は4人。
商人は、馬車の御者をしている。
体の大きい男は、荷台の前方に座りつつ周囲の警戒をしている。
俺は、荷台の後方でのんびりと馬車に揺られている。
そして、あと1人。
フードの人だ。
彼(彼女?)は、俺と共に荷台の後方に座っている。
このフードの人はいったいどういう人なんだろうか?
気になってチラチラと見てしまう。
俺がそんなことをしている間にも、馬車は順調に進んでいく。
そしてーー。
「ガルル……!」
馬車の進行方向から犬の唸り声が聞こえてきた。
さっきのと同じ種類の生物だ。
確か、ファイティングドッグとかいったか。
「いっしょに戦いましょう」
俺はそう声を掛ける。
今度こそは一撃でも当ててみせる。
「まあ待て、兄ちゃん。1匹ぐらい俺で十分だ。任せておけ」
確かに、彼の実力があれば1対1で十分なのだろう。
先ほどは、同時に2匹から狙われたからピンチだっただけだ。
「おらあっ!」
「ガウッ!」
俺は彼の戦闘を観察する。
彼は回避を軸に戦っている。
さきほどの戦闘のような焦りは見受けられない。
堅実にダメージを与えている。
彼の戦闘に危険はなさそうだが、少し時間がかかりそうだ。
そんな中ーー。
「ガルル……!」
馬車の後方から犬の唸り声が聞こえてきた。
また別のファイティングドッグか。
俺は荷台上で立ち上がる。
剣を油断なく構える。
「来るなら来い!」
俺はそう言う。
しかし、犬は俺ではなくフードの人に跳びかかった。
犬の牙がフードの人を襲おうとしている。
「あ、危ない!」
「きゃっ」
俺はとっさにフードの人を抱き寄せる。
や、やわらかい。
やわらかい感触がある。
女性だったのか。
いや、こんなことを考えている場合じゃない。
「間一髪でしたね。俺の後ろにいてください」
「は、はい……」
俺は彼女を背後にかばいつつ、再び剣を構える。
気分はさながらお姫様を守る騎士のようなものだ。
テンションが上がってきたぜ。
いや、だからこんなことを考えている場合じゃないって。
「安心してください。俺があなたを守り抜いてみせます!」
「あ、ありがとうございます」
かっこいいセリフを言ってみたが、やっていることは地味だ。
剣術スキルを駆使して必死に牽制しているだけ。
俺なんかの実力で人を守りつつ戦うとか難易度が高すぎる。
しかし何とか数分は持ちこたえた。
そして、男が加勢に来て犬を倒してくれた。
俺の見せ場なんてなかった。
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