勇者たちの襲来

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勇者たちの襲来

鬱蒼とした森の中、木々の隙間から溢れる陽の光が奇跡的に折り重なり、ある一点に集中している。そこには、大岩をくり抜くように掘られた石像があった。その石像に掘られているのは、背景に丸い形状の未知の乗り物、その前には剣を携えた少女、なにか靄を纏ったような少女、そして中央に、膝を付き、祈りを捧げている聖女のような女性が描かれていた。 その石像の前に彼女、琴葉茜は今日も訪れていた。 「女神様、剣聖様、邪神様。どうか、私達をお導きください……。」 これは茜の日課だった。 物心付いたときには、母親に連れられてここを訪れ、祈りを捧げていた。 茜の母は言っていた。「いつか、辛いことや悲しいことが降り注ぎ、止まなくなってしまったとき……この石像の神様たちが助けてくださる。だから、毎日ここにきて、石像を綺麗にするのよ。」 この母の言葉を守り、茜はほぼ毎日、ここに来て祈り、掃除をしていた。 今日もいつもと変わらない、ただの日課のはずだと、茜は思っていた。 茜が目を閉じ祈りを終え、帰ろうと目を開けると、突如目の前に見覚えのある丸い形状の塊が落ちてきて、石像を木っ端微塵に踏み潰した。周りの木々はメキメキと悲鳴をあげて、その丸い物体の上にぽっかりと穴が空いていた。 茜が呆然としていると、ぱかりと丸い物体の一部分が扉のように開き、中から人が出てきた。 「全くひどい目にあったぜ……。」 「浮いていなかったら私も大変でしたね。」 「常に浮いてるのはちょっとずるくないか?」 「別に皆さんもやればいいんですよ。」 「「できるか!」」 一人は筋肉隆々の大柄な男、もう一人はすらりとしたプロポーションの、宙に浮いている美しい女性、三人目は、子供のようだが、フードをかぶり、背中に剣を、腰には木刀を携えていた。剣はベルトのようなものがついており、肩からさげているのがわかるが、木刀はどうやって腰にぶら下げているのか一見ではわからなかった。腰にマジックテープでもついているかのようにくっついていた。 そして三人共、茜と同じ髪の色をしていた。 「お、おまえらなにもんや!よくも大事な石像を壊したな!」 我に返った茜は、すぐさま立ち上がり、持っていた銃の銃口を向けた。 「ひええ!」 子供が声をあげて手を上に上げた。 「二人とも!手をあげて敵対意識が無いことを示さんと撃たれるで!」 子供が他の二人に言うと、二人は肩をすくめた。 「いや、あんなもので撃たれてもなあ。」 「魔力の籠もってない攻撃は私達にはきかないですからね。」 「いいからあげろ!!」 二人も渋々と手を上げる。浮いていた女性はそのときに地面に降りてきた。 「おまえら、なにもんや。帝国のやつらとはちゃうみたいやけど……」 茜が三人をまじまじと見てみると、子供が自分と瓜ふたつの顔をしていることに気づいた。他の二人も、顔立ちが似ている気がした。 「なにものって言われても……なぁ?」 子供が二人に目配せする。 「まあ、説明するのは少し難しそうではありますね。」 「時の旅人とかか?」 「少なくとも今は時は旅してませんよ。混同してしまうのもわかりますが。」 三人が困っていると、後ろの物体からもう一人出てきた。 彼女は、一切乱れていない長い髪を揺らしながら、ゆらりと出てきた。その顔は、茜と瓜ふたつに見えた。 「なにしてんねんや。」 「アカネも手ぇあげな撃たれるで!」 子供が呼びかける。 アカネと呼ばれた少女は、深くため息をついた。 「あほか。そんなもんで死なんわ。」 「まあ、そうですよね。」 筋肉男と美女はやれやれといった様子で手を下げる。 子供だけがいまだに手を上げて、「二人とも撃たれるで!」と叫んでいた。 「舐めてんのか!ホンマに撃つぞ!」 茜が撃鉄を起こし、本気であると意思表示をする。 「やってみろ。」 少女が三人の前に歩み出て、挑発的に両手を前に広げた。その表情は、出てきたときから変わらず無表情のままであった。 「後悔しても遅いからな!」 茜が引き金を引くと、大きな銃声と共に、少女に向かって二発の弾丸が放たれた。 その弾丸は少女の体に吸い込まれるように入っていった。流血は一切なかった。 茜は目の前の光景が信じられず、絶句していた。 渾身の出来だった自作の拳銃と銃弾が傷一つつけることができずに無に帰す。そんな光景を見た茜は、膝から崩れ落ちていた。 そのとき、不意に木が軋む音が聞こえてきた。 少女が上を見てみると、近くにあったのだろう大木が、茜目掛けて倒れてきていた。 「茜。」 少女が声をかけるよりも早く、子供は倒れてくる大木に向かって飛び上がっていた。 「望!」 (あいよ。) 「【炎舞(えんぶ)(ほむら)】!」 子供が剣を引き抜くと、剣に炎が灯った。そのまま剣を大木に振り下ろすと、大木はそこから綺麗に焼き切れた。まるで鉄棒でも溶断したかのような切り口だった。 子供は大木を切ると、すぐさま蹴りを入れて大木を遠くに飛ばした。 大木が地面に落ちると、大きな音と共に少しの地響きがした。 「大丈夫か?」 少女は崩れ落ちた体制のままの茜に歩み寄り、手を差し伸べた。 「あれは別にお前の銃が悪いわけやない。私達が特別なだけや。」 「あんたらは一体……」 「私達は、別世界から来た……旅人や。」 「そうか、別世界……にわかには信じられんな。」 茜は、その手を取りながらも自力で立ち上がる。 「でも、なんか悪い人な気がせんわ。なんだか、遠いような、近いような、親戚にでも会ったような……そんな懐かしい感じがする……。 私の名前は茜。」 茜は今度は自分から手を差し出す。 「あんたもアカネって名前なんか?」 「そう呼ばれることもあるな。 でも、私はセキって名乗ってる。」 「わかった。 セキ、私はあんたのことを信じよう。」 セキは、茜と握手しながら自己紹介をした。 「みんなー。外の様子はどう?」 後ろの物体から、青髪の女性が出てくる。身長は平均くらいで、白いワンピースを纏っていた。 「今のところは安全。といったところか。」 青髪は「そっか。」と言い、ぐーっと伸びをする。 茜がその青髪の姿を捉えた瞬間、茜の瞳からは涙がぽろぽろとながれ落ちていた。 「葵……?」 茜には、葵という妹がいた。妹は、茜と一緒にレジスタンスに入団して、しばらくの間茜と共にメカニックの仕事をしていた。 そして、帝国の兵士たちにアジトが見つかり、逃げる最中に兵士に捕まり、それっきり噂すら聞かなかった。 皆、彼女は死んだと言っていたが、茜だけは希望を持ち続けていたのだった。 「どうした?」 突然の涙に、セキが今までの無表情を少しゆがめた。 「いや、違うよな。他人の空似や……。 すまん、妹に似てたもんでな。」 茜は吹っ切るかのように、服の袖で涙をゴシゴシと拭った。 「そうか。」と言ったセキの顔は、もう無表情に戻っていた。 「後ろのあれは乗り物か?」 「そうや。でも、よく分かったな。あれが乗り物やなんて誰も思わんやろ。」 「そうやな……。私の家に伝わる伝承なんやけどな……」 茜は、懐かしむように語りだした。 「昔、うちの家の双子の妹が、未来のことについて言い出したらしい。それは、空は暗雲が立ち込め、皆が苦しみ悶ている。そんな時代が来てしまったとき、丸い乗り物に乗った、三人の勇者が我々を救ってくれる……。そんな話やった。で、その時に掘られたらしい石像が……」 茜は丸い物体の下を指差す。 「まじで?」 セキがまた無表情をゆがめて聞くと、茜は静かに頷いた。 「その……ごめん。」 セキが頭を軽く下げる。 「別にええよ。こうしてここに勇者様が来てくれたんやからな。」 「いや、私たちにも目的があるから、力にはなれんよ。」 「そんなこと言わずにさー。」 茜がセキの腕を掴んで引っ張る。 「無理や。」 セキがその腕を振り払う。 「お願いー。」 茜がまた腕をつかむ。そしてセキが振り払う。そんなことを繰り返していた。 「別にいいんじゃないの?」 二人のやりとりを見ていた青髪が口を挟む。 「葵、まだわかってないみたいやな。私達が干渉しても良いことなんて招かん。むしろ悪い方向に自体が悪化するだけや。」 「やってみないとわからないでしょ?」 「いや、わかるよ。」 ため息まじりにセキが否定する。 「今ここで話をしているだけでも影響があるかもしれんのに、それを助けるようなもんや。別の世界への干渉はできる限り避ける。それは前にも言ったやろ。」 「そうだけど、この人もかなり必死みたいじゃない。こんな姿見たらほっとけないよ。」 青髪は真剣な眼差しでセキを見つめる。 すると根負けしたかのように、セキが深くため息をはいた。 「わかった。でも今回だけやからな。」 「ありがとうアカネさん!」 青髪がセキを抱き上げながら上機嫌で言う。抱き上げられているセキは不思議と無表情のままであった。 青髪は抱き上げていたセキを地面に下ろすと、茜に向き直って言った。 「はじめまして。私は……」 だが、そこで言葉を濁らし、少しの間考える素振りを見せてから、後ろの子供に手招きをした。子供はそれに答えて青髪の側に近寄る。 「私名前考えてなかった。どうしよう?」 「葵でええんちゃうの。」 「だめだよ。ややこしいじゃん。」 「えー、でもなあ―――」 そんなやりとりを小声でしていると、茜が口を開いた。 「あの……聖女様って呼んでもいいですか?」 二人がキョトンとした顔で「え?」と言う。 「あ!いえ、嫌ならいいんですけど、雰囲気がそんな感じやなーって思って!」 「そうだね……。」 茜が慌てた様子で言うと、青髪は一瞬考えるような素振りを見せてから言った。 「私の名前はマリア。聖女様でもいいよ。」 「マリア様ですか。わかりました!」 マリアと茜が握手を交わす。 「で、そっちは?」 茜が子供と筋肉男、美女の方を見やる。 「俺はカイン。」 「アベルです。よろしくお願いします。」 「よろしく。」 筋肉男と美女が名乗る。 「葵、葵、うちも名前考えてなかった。なんか考えて。」 「え、お姉ちゃんも?うーん、そうだなあ……」 子供がマリアに小声で相談する。 「そうだ。コトネは?琴葉のコトと茜のネ。」 「ええな。それでいこう。」 子供が軽く咳払いをしてから口を開く。 「うちの名前はコトネ。よろしく。」 「さっきはありがとうコトネ。」 コトネと茜も握手する。 「それじゃあ、みんなをアジトに連れて行くから、付いてきて。」 茜が皆に向かって言うと、セキが「私は後で行く。」と言った。 「え?場所わからんやろ?」 「こいつを持っていけ。」 セキがなにか黒い塊を茜に向かって放る。茜がそれをキャッチすると、それは漆黒の玉であった。表面はつるつるしていた。 「これは?」 「それは、居場所がわかる目印みたいなもんや。それの反応を追いかけるから心配しなくていい。」 「うーん……わかった。」 茜は訝しげにその玉を観察してから了承した。 「あお……マリアのこと、頼んだで。」 そう言ってセキは、丸い乗り物の中に入っていった。
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